日本社会のしくみ 〜雇用・教育・福祉の歴史社会学

 この書籍で多くの疑問を整理することができます。例えば、次の3つの背景が分かります。

 P361:「企業別の混合組合は日本の文化的伝統などではなく、戦争と敗戦による職員の没落を背景として生まれたものだった」と書かれています。戦前、日本でもホワイトカラーとブルーカラーの処遇格差は激しかったようです。特別待遇を受けていたホワイトカラーが戦後の貧困状態に陥ったことで、ブルーカラーとの連帯感を生み、世にも稀な企業別労働組合の誕生につながったようです。

 P418:「日本の経営者たちは、たしかに一時は、職務給と横断的労働市場を称賛した。〜だが企業横断的な労働市場が本当にできたら、企業内だけで職務や賃金を決定できなくなる」と書かれています。かつて経営者たちは、「中高年の賃金引下げ」と「労働者の解雇を容易にしたい」という動機から職務給の導入を志向しました。しかし、職務給が定着すれば職種ごとの労働市場が次第に形成され、転職しやすい社会が生まれます。結果、市場に意思決定を左右され、経営の裁量が狭まることになります。これが、職務給を転換し職能給を導入する方向性につながったようです。

 P571:「日本の経営者が、経営に都合のよい部分だけをつまみ食いしようとしても、必ず失敗に終わる。なぜなら、それでは労働者の合意を得られないからだ」と書かれています。これが、成果主義を含めて様々な改革が失敗する理由です。働く仕組みは「慣習の束」なので、経営側の一方的な意思決定だけでなく、働く側にもそれなりの合意が必要なようです。

 圧倒的な数の参考文献が、著者の論理性を支えています。学術的に深く介入することを避け、他の研究者の成果をテンポよくつなげていくことで、素人であっても深く理解できるよう配慮されています。日本の特色を歴史から追いかけ、その形成プロセスを理解することで今後の方向性を考えさせられる書籍です。この1冊を自分のものにできれば、どこへ出ても恥ずかしくない人事担当者といえるでしょう

著    者:小熊 英二

出 版 社:講談社

発 売 日:2019年7月

カテゴリー:ちょっと長い新書(雇用システム)