人事の本100冊
どの本を読めば、仕事の役に立つのか? 読んでみないとなかなか分からないものです。
このコーナーでは書評という大所高所からではなく、人事担当者の皆様のお役に立つかどうかの視点から、簡単に書籍のご紹介をしたいと思います。少しずつ定期的にご紹介していきますので、時々、チェックしてみてください。このコーナーが人事担当者の皆様の少しでもお役に立てば幸いです。
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↓ 以下をご覧ください。
キャリアデザインに関する書籍です。
藤村博之、德山誠、齋藤典子、斎藤貴久が共著で執筆を分担したものです。各章は以下の通りです。キャリアデザインに興味をお持ちの方は、参考になるかもしれません。
第01章-キャリアとは何か、第02章-大学で学ぶ意味、第03章-社会を見る目を養う~新聞を読み比べる、第04章-労働の連鎖を追ってみる、第05章-アルバイトは就業経験になるのか、第06章-働くことの意義~身近な人に聞いてみる、第07章-やりがいはどこで生まれるのか、第08章-ライフキャリアと職業キャリア~女性の視点から、第09章-ライフキャリアと職業キャリア~男性の視点から、第10章-グローバル人材とは、第11章-仕事の未来を考える、第12章-変化対応力を鍛える、第13章-世界の中の日本、終章-考える力を高める
【あとがきの一部】
本書のもとになったのは,2018 年度に法政大学で行われた「キャリアデザイン入門」という講義です。藤村が基本構想を描き,德山,斎藤,齋藤の3名との議論を通して,14 回の講義を創り上げました。3 週ごとに集まり,それぞれが作成した講義資料を持ち寄って,よりよい内容にするように研鑽を重ねました。その意味で,本書の各章は,4 人の共同作業の結果であるといえます。
著 者:藤村博之/編、德山誠、齋藤典子、斎藤貴久
出 版 社:有斐閣
発 売 日:2022年12月(第3刷)
カテゴリー:教科書(キャリアデザイン)
新任人事担当者の育成にお薦めします。
初版が刊行されたのは1999年5月、既に第7版となりました。出版事情の厳しい中、長期間にわたって支持されてきたといってよいでしょう。執筆は、佐藤博樹先生、藤村博之先生、八代充史先生という豪華メンバーです。若い時から企業内部に入り込み実態を調査し、実証的に研鑽を積み上げてきた強者揃いであり、雇用・労働の議論をここまで引っ張ってきた研究者です。ある意味では、企業の人事について人事担当者よりも深い見識を持っているといって過言ではありません。
この書籍の読者には、大学生も想定されていますが、企業の人事担当者のことが十分に意識されています。経営と人事の位置関係や実務的な人事制度についてなど、人事部門の所管する業務が網羅されており、人事の業務分掌を作る際にも役立ちます。ですので、人事部門のマネージャーが部下の業務分担を見直す場合にも、大変参考になる書籍だと思います。可能であれば部下に1冊ずつ買い与え、レポートを提出させるような使い方ができると、新任人事担当者の能力開発に大いに役立ってくれると思います。
「部下に読ませたいナンバーワン」という位置付けが、ピッタリくるこの一冊です。
著 者:佐藤 博樹、藤村 博之、八代 充史
出 版 社:有斐閣
発 売 日:2023年12月
カテゴリー:学術書と実務書の中間(人事労務管理)
「上げなくても上がるから上がらない日本の賃金」とオビにあるのを見て、その通りと思った次第です。これは、労使交渉で無理に賃金を「上げなくても」、定期昇給で個人の賃金は「上がるから」、結果として賃金水準が「上がらない日本の賃金」と読むことになります。この本の中(P289)にも出てきますが、過去30年間、先進7か国の賃金が軒並み上昇しているのに対し、日本だけがフラットな賃金カーブを描いています。これをもって、日本はひど過ぎるという論調がはびこっているように感じます。しかし、他国とは事情が異なります。ジョブ型社会では「日本のような定期昇給という仕組みはない」と、著者のような発信力のある人にはっきり言ってもらえると、実務を担当する人間はとても助かります。
次のような記述も登場します。「明治時代に日本で工業化が軌道に乗り出した頃、日本の労働市場の特徴はその高い異動率でした。」 雇用の流動性を高めたいと考える現在とは、異なる日本社会が存在したわけです。当時、従業員の定着率を高めるために会社がとても苦労した時代です。いわゆる終身雇用が日本の文化的背景からくるものだというコンサルタントを信用してはいけない、とも言えます。
この本は、歴史解説の要素が強く実務に使える書籍という感じではありませんが、人事担当者として備えておくべき素養を与えてくれます。「賃金とは何か」、「ジョブ型雇用社会とは何か」について、改めて学びたい人にお勧めします。
著 者:濱口 桂一郎
出 版 社:朝日新聞出版
発 売 日:2024年7月
カテゴリー:新書(賃金史)
「普通」を疑うことは、重要です。
人事担当者は、人事制度を運用しています。一般社員は、上司によって評価され定期昇給します。そして、選抜された結果、管理職になっていく人もいます。それが普通の会社だといってよいでしょう。自分たちの普通は、どこの国でも普通のことだと思っていたりします。一方、他国と異なる部分は日本が遅れていると解釈し、欧米を美化する風潮が未だにあるように思います。
この書籍では、繰り返し同じ表現が出てきます。英米の企業に「人事考課はない」と記述されています。著者は、たくさんの企業を調査しこの事実に驚いたそうです。つまり、ジョブ型雇用が普通である英米では、一般社員は評価されないということです。他の研究者も同様の指摘をしていますので、自分自身の普通を確認する必要があるでしょう。
また、日米の自動車工場の調査事例が出てきます。日産・ホンダ・トヨタとGMの比較です。著者は、次のように述べます。これらの「本質的違いは内部労働市場の相違である。」GMには「組合員内部の階層性は存在せず、したがってキャリアも存在しない。他方、」日本の工場には「複数の階層があり、個々人は人事考課を通じて昇格(昇級)していくキャリアが存在する。重大な違いである。」と記述されています。米と日本の企業の違いがくっきり出ています。キーワードは、キャリアの断絶です。日本は、一般社員から管理職まで昇進ルートが連続していますが、米ではそうでないケースが多いということです。
この書籍に記載される調査は、少々時期が古いため批判される部分もありそうですが、伝統的な労働経済学の知見がふんだんに盛り込まれています。長い研究者生活を費やして著者が得た見識を提供してくれる書籍だと思います。通念を確認したいと思う知的欲求豊かな人事担当者にお薦めします。
著 者:石田 光男
出 版 社:法律文化社
発 売 日:2023年10月
カテゴリー:一般書(労働経済)
流行ってますね、“人的資本経営”。
ゲーリー・ベッカーの『人的資本』の和訳版が日本で発行されたのは1976年です。ほぼ半世紀前になります。人的資本を新しいもののように扱う書籍があったとすれば、疑った方がよいかもしれません。ベッカーといえば、1992年にノーベル経済学賞を受賞したシカゴ学派の学者として有名です。著者は、シカゴ大学大学院でベッカーの薫陶を直接受けたというのですから、非常に限られた研究者の一人といえるでしょう。
著者は、アダム・スミスの『国富論』から始まる歴代の人的資本理論の基本をおさらいしてくれます。ドーリンジャー&ピオレの「内部労働市場論」など懐かしく感じる人もいるでしょう。また、「シグナリング理論」の解説は面白いと思います。情報が不完全な状態では、新卒採用における大学ブランドが優秀さのシグナルになると言われたりします。それを残業に当てはめ、「残業が減らない一要因としては、残業はプラスのシグナルとして、また定時に帰宅することはマイナスのシグナルとして解釈されることの懸念があるのだろう。」と記述しています。頷く人事担当者が結構いるかもしれません。
著者いわく、本書は「専門書に近い一般書」だそうです。ベッカーの『人的資本』には、多くの数式が登場しますが、本書では「(中学生でもなじめる二次方程式を上限に)難しい数式」は使用せず、「図表をふんだんに」使う工夫をしたそうです。流行のものではなく、本物の人的資本理論について勉強したい人事担当者にお薦めしたいと思います。
著 者:小野 浩
出 版 社:日本経済新聞出版
発 売 日:2024年4月
カテゴリー:専門書に近い一般書(人的資本理論)
ベース・アップ、できていますか?
ベア(ベース・アップ)は、ベース(賃金表)をアップ(プラス方向への書換)させることですが、実施されない期間があまりに長かったため、その手法が継承されていない会社があるかもしれません。いわゆる春闘でメディアに登場する昇給額や率は、たいてい「定昇+ベア」の数値です。人事担当者が実務に臨む時には、定昇とベアを分ける必要があります。定昇とベアは、「加減」ではなく「乗除」の関係になります。
定昇(定期昇給)は、人事制度の運用そのものなので悩みませんが、ベアは政策的に実施するのでどのように配分するかの意思決定が必要です。例えば、初任給と中高年への対策では、ベアの配分は大きく異なる方向になるでしょう。適切な意思決定をするためには、日頃から自社の賃金カーブの状況を把握しておく必要があります。ベアの配分は、頭を使う仕事といってよいでしょう。ちょっとした数学の世界です。
上記のような賃金実務を実施する人事担当者は、当然に勉強が必要です。その助けになるのが本書です。ベアが盛んだった頃、ベストセラーになっていたと思います。著者である「楠田 丘」先生は、職能資格制度の普及に尽力された方です。キャリアを積んだ人事担当者の中には、セミナーでお世話になったりこの書籍で勉強したりした人が数多くいるだろうと思います。
今となっては懐かしい部類の書籍ですが、実務的に詳細に理解できるよう書かれており、今日でも大変役立ちます。図書館でも構いませんし中古であれば入手できるようですので、一度手に取っていただく価値のある書籍だと思います。人事担当者として定昇とベアの実務について、基本的な手法を理解しておくことは重要でしょう。
著 者:楠田 丘
出 版 社:経営書院
発 売 日:1991年4月
カテゴリー:実務書(賃金実務)
「賃上げ」とは、何かが理解できます。
かつて「財界労務部」と呼ばれた日経連(日本経営者団体連盟)の足跡をたどることで、定期昇給の果たした役割を理解することができます。日経連は、2002年に経済団体連合会と統合し、経団連(日本経済団体連合会)として現在に至っています。
戦後、労働組合の過激なベース・アップの要求により賃金上昇圧力を抑えきれず、企業の経営権が脅かされる時代がありました。そこで、日経連は経営者が経営権を奪還するために、定期昇給による賃上げを提起します。その都度、労働組合に要求されるベース・アップよりも、制度的な定期昇給による賃上げの方が低額で済むと考えたわけです。
日経連は、「定期昇給は内転原資により賄われるため、企業の財務的追加負担はほとんどない」と考えていたそうです。これは、階段のようなものと言ってもよいでしょう。階段の各段(20歳~60歳の約40段)に1人ずつ、従業員が立っているとします。一番下の段に20歳の新入社員が乗るのと同時に60歳の定年退職者は一番上の段から降りることを繰り返します。毎年、1段上がることで各自の賃金は上昇しますが、この人員構成が維持される限り常に40人分の賃金が発生するので、人件費全体はあまり変動しないことになります。
もう一つ、日経連が定期昇給を提起したのには大きな理由があるそうです。「1950年代から60年代における日経連の最大の関心は、定期昇給においては考課的昇給の確立であった。経営側が従業員を自らの意志で序列化し、賃金に基づく企業内の秩序を維持することが、賃金決定における労働側からの「経営権の奪還」と意味づけられるものであった。」と記述されています。このような歴史が現在につながっているのですね。賃上げが注目される今だからこそ、その歴史を学ぶのも面白いと思います。
著 者:田中 恒行
出 版 社:晃洋書房
発 売 日:2019年2月
カテゴリー:賃金(学術書)
“ジョブ型雇用”を理解するのに役立ちます。
著者は、ジョブ型の「最も重要なポイントは分業である」と解説します。「一人で全部の作業工程を行えば一日20本もつくることができないが、作業が多数の部門に分割され、分業されることにより、一日10人で4800本以上のビンをつくることができた」とアダム・スミスの「国富論」からビン職人の事例を紹介しています。つまり、仕事のプロセスを細かく分割し単純化することで、生産効率を高めることができるのが「ジョブ型の本質といえる」ようです。
世の中には、能力主義や成果主義を徹底するためにジョブ型の人事制度を導入する事例があるようです。著者は、この点について次のように批判します。「採用のときにその職務が遂行できるかどうか適切な判断がされていることが前提であり、決められた職務を淡々とこなす、最低限・必要以上のことはやらないというのが、ジョブ型の本来的なイメージなのである。」としています。また、「成果主義=先進的・効率的と無条件に信じることがいかに愚かであるかがわかるであろう。」とも書いています。
2013年当時、著者は政府の規制改革会議・雇用ワーキンググループの座長として、ジョブ型雇用の普及を掲げていた当事者です。当初、意図していたものとは異なる形でブームとなったジョブ型雇用について、改めて解説したのが本書と言ってよいでしょう。ジョブ型雇用で悩まされる人事担当者の処方箋といえそうです。
著 者:鶴 光太郎
出 版 社:日経BP 日本経済新聞出版
発 売 日:2023年4月
カテゴリー:一般書(経済学)
労働経済というと難しそうですが、至ってやさしく簡単です。私は、新任人事スタッフセミナーの参考文献にしています。人事部門の社内勉強会に用いるのも面白いと思います。
主な内容として、Ⅰ労働市場の動向・雇用情勢・労働時間と賃金の概況、Ⅱ労働法制、Ⅲ人事・労務管理、Ⅳ労使関係、Ⅴ労働・社会保険、Ⅵ国際労働関係の概ね6つに分かれています。法改正や人的資本経営の開示なども記述されており、昨今のトピックスにも配慮されているようです。人事に関するほとんど全てのテーマが網羅されているのではないかと思うほど、広く浅く一通りのことが書かれています。基礎知識とはいいながら、主な労働統計調査も扱われていますので、人事担当者としての見識を高めるためにも十分役立ちそうです。
書籍のサイズはA4版でやや大きいものですが、ちょっとした研修資料のような出で立ちです。1テーマにつき1ページを基本として、図表を用いてわかりやすくまとめられており、読者に配慮した見やすいものになっています。研修のテキストからちょっと手元に置いておきたい資料集まで幅広い使い方が出来そうです。机の引き出しに1冊、保管するようなイメージで購入いただくのもよいかもしれません。
著 者:日本経済団体連合会
出 版 社:経団連出版
発 売 日:2023年7月
カテゴリー:資料集(雇用、労働など)
流通業の経営史や労働組合史について学べる書籍です。
例えば、「丸井」が出てきます。丸井は、百貨店というよりは月賦販売店チェーンであり、百貨店協会には加盟していないそうです。月賦店は、もともと愛媛県発祥のビジネスであるため、月賦販売店の創業者は愛媛県出身者が多く、草分けは今治の呉服問屋の丸善です。その縁で、月賦販売店には「丸」のつく屋号が多いとのことです。また、「十字屋」の歴史についても紹介されています。創業者である山藤氏が信心深いキリスト教徒であったため、正義と愛のシンボルである十字架から屋号をとって開業したものだそうです。このようなミニ経営史も交えながら、簡単に流通業の労働組合についても学べます。
一方、タイトルにあるメンバーシップ型雇用について紙幅の多くは割かれていませんが、最近目立つ「ジョブ型雇用」について著者は警鐘を鳴らしています。ジョブ型雇用の用語法や考え方は誤っており、その原因が「ゴミ箱モデル」にあると次のように説明します。
「私はジョブ型雇用論議の錯綜には、別の理由もあると考えている。経営学を学んだ者からすれば、すぐ直感することだが、「ゴミ箱モデル」の状態になっているからである。さまざまな人々がその問題意識やそこから考えた問題解決の選択肢を投げ込んだゴミ箱から、別の人が別の選択機会に解決策として決定するという意思決定の考え方ができる。このため、問題意識や解決策は常に変動しタイミング次第となる。経営者は労働者や雇用だけに心を砕くわけではない。広く(浅く)考え、「いいとこどり」の決定に至る傾向は否めない。」
何とも耳の痛い指摘です。人事担当者は、安易にジョブ型人事制度などと言ってはいけないようです。
著 者:本田 一成
出 版 社:旬報社
発 売 日:2023年6月
カテゴリー:一般書(労使関係)
人事制度について、フランスと日本の違いを理解することができます。
国際比較は困難を伴うものですが、これが人事制度であれば更にハードルが上がるでしょう。人事制度は、制度設計だけでなく運用された結果を見なければ何も分からないからです。このような時には、質問紙調査よりも聴き取り調査が有効に機能することがあります。著者は、約3年間を費やし人事スタッフのキャリアについて、フランスと日本の企業に聴き取り調査を実施しています。
まず、注目されるのは採用です。フランスでは、「カードル」として採用されることが、その後の出世に大きく影響します。いわば“キャリア組”というイメージでしょう。日本のコース別雇用管理の総合職に対応するものだと著者は説明しますが、それよりもエリート色の強いものだと感じます。初任給は、職務内容と出身大学によって決まるそうです。
127ページに次の記述が出てきます。「評価制度は①業績評価と能力評価から構成され、いずれも年1回実施される。②前者は目標管理制度が、後者は行動プロセス評価あるいは目標管理制度が用いられ、③両評価結果を合わせた総合的な評価結果が賞与と昇給に、能力評価の結果が能力開発に反映される。」細かい部分では、異なる部分もあるのでしょうが、日本の企業と似ているような雰囲気を感じます。
その他にも、参考になりそうな記述が盛沢山です。他国について学ぶことで初めて日本の特徴を理解することができます。人事制度について見識を深めたいと思っている人事担当者にお勧めしたいと思います。
著 者:関屋 ちさと
出 版 社:中央経済社
発 売 日:2021年12月
カテゴリー:学術書(人的資源管理)
イギリス、ドイツと比較することで、日本の特徴を明らかにしてくれる書籍です。
日本は「年功序列」だと言われることがあります。言葉の意味をきちんと捉えれば、すぐにウソだと分かるはずです。学卒の新入社員全員が一度に課長になり、一度に社長になるのであれば「年功序列」ですが、そんな会社はありません。通常の組織は、ピラミッド型の構造をしているので、年功的昇進管理を行うことは不可能です。遅かれ早かれ、昇進選抜が行われることを私たちは知っています。では、「年功序列」の実態とは? 日本は遅い昇進選抜だといわれています。この書籍は、その実態についてデータを基に示してくれます。
「同一年次の社員間でそれ以上昇進の見込みがなくなるのは入社何年目か」という問いに対して、イギリスとドイツは約6年、日本は約13年だというデータが示されます。これを「キャリアプラトー出現期」というそうです。このデータについて大企業の管理職でみると、イギリスは5.5年、ドイツは6.0年、日本は15.6年となっており、日本が遅い昇進選抜であることを確認することができます。
また、「ファストトラック」と呼ばれる昇進ルートの存在も比較されています。大企業管理職の選抜について、「入社後早い時期に選抜するためのキャリアルートがあると思いますか」という問いに対して、「入社時点からある」と回答した割合は、イギリスは38.1%、ドイツは33.6%、日本は19.5%だそうです。イギリスとドイツは、いわゆる“キャリア組”の割合が高いことに対して、日本は多くの従業員が参加できる雇用社会であることを窺わせます。
直接的に国際比較をしている文献は、意外と少ないものです。誤った日本の言説を正してくれる書籍の一つとして、ご紹介させていただきたいと思います。
著 者:佐藤 厚
出 版 社:中央経済社
発 売 日:2022年11月
カテゴリー:学術書(労働経済学)
「本書は、現在の人事制度改革を検討しつつ、将来の制度改革の展望に向けて書かれた研究書である。」
これは、序章に出てくる宣言です(P43)。著者は、成果主義ブームや最近の人事制度改革の論調を正すべく、基本から確認してくれます。
例えば、年功序列はウソ。それがわかります。日本には、もともと年功序列などは存在せず「遅い選抜方式」が存在しました。きちんと労働経済学を勉強した人事屋なら知っていることです。過去、キャリアツリー法などによって昇格・昇進を分析した研究はたくさんあり、その代表的な研究結果が一覧表にまとめられています(P32)。
また、生産労働者の仕事を分析するためには、仕事表(スキルマップ)が重要です。仕事表とは、その職場にどのような仕事が存在し、各従業員がどの程度その仕事を修得したかが分かる一覧表です。これがなければ、仕事の分析は困難になるでしょう。通常、社外には出ないものだと思いますが、この書籍には貴重な仕事表のサンプルが載っています(P59・60)。
そして、「メンタル不調者の職場復帰の事例」は参考になります。上司が復職者を観察する際に、「論理的な思考による発言」、「他者との連携ができること」、「アウトプットが仕事として評価できること」の3点に注意して、より難しい仕事への移行の判断材料としていた場合には、職場復帰がうまくいっているという事例が出てきます(P174)。
本書は、労働政策研究・研修機構の第45回 (令和4年度)労働関係図書優秀賞を受賞しており、高い評価を受けている書籍です。改めて、労働経済学の知見を整理したい人事屋の皆さんにお薦めしたいと思います。
著 者:梅崎 修
出 版 社:慶応義塾大学出版会
発 売 日:2021年12月
カテゴリー:学術書(労働経済学)
「ジョブ型」導入を志向する人事担当者に是非読んで欲しい1冊です。
その昔(1964年)当時の日経連は、「職務分析センター」を設置し、職務給の導入に取り組んでいました。しかし、この取り組みはうまくいかず職能給に舵をきることになります。その時、出版されたのが『能力主義管理 その理論と実践(1969年)』でした。この書籍は当時、日経連に組織された「能力主義管理研究会」のメンバーが分担して執筆したものであり、一世を風靡したそうです。ここに書かれていることは、いまでも十分通用する内容だと思います。
その後(2010年)に出版されたのが、本書です。オーラルヒストリーとは、文書資料ではなく聞き手の問題意識に従って当事者から証言を取るスタイルのことです。『能力主義管理 その理論と実践』が出版から40年の時を経て、当時の研究会のメンバーに改めてインタビューを実施することで、能力主義管理の実態に迫ろうとしたわけです。この書籍が出版された2010年当時は、成果主義ブームがありました。成果主義もいろいろですが、職務主義(職務給)の導入が志向された時代でしょう。結果として、人事制度の改定で失敗を経験した会社もあるはずです。そういった背景の中で、人事管理を問い直すために出版されたのが本書といえるでしょう。
そして(2023年)、「ジョブ型」が提唱されています。「ジョブ型」については、本来の用語法とは異なる論説が散見され、多くのケースで職務主義(職務給)の導入を志向しているように聞こえます。そう仮定した場合、過去に大きく失敗した2つの時代(1964年・2010年)と同じ轍を踏む可能性があります。失敗を繰り返さないためには、職務主義(職務給)が定着しなかった理由を踏まえた上で、「ジョブ型」の意味を考える必要があるでしょう。そのための参考資料として、大きな役割を果たしてくれる書籍だと思います。
著 者:八代充史など編、藤田至孝など著
出 版 社:慶応義塾大学出版会
発 売 日:2010年1月
カテゴリー:オーラルヒストリー(人事管理)
海外旅行のお供にいかがでしょうか?
“日本は~”などと私たちは口にしますが、外国のことを知らなければその対比ができないために、日本の特殊性など議論できないはずです。私たちの諸外国に関する知識は、安易な思い込みや中途半端なマスコミの報道から形成されていることも多いのではないでしょうか。
この本を“読む”と自分が知らなかったことがたくさんあることに驚かされます。“読む”といっても文章はほんの少しで、ほとんどはグラフと表の資料集です。ですから、眺めることになります。現在では、書籍として発行されていませんが全文ダウンロードが可能です。つまり、無料でこの資料集を使うことができます。
皆さんが海外へ出張や旅行に出かけることがあれば、この本を“眺めて”から出発していただくことをお勧めします。観光ガイドブックに書かれていないその国の労働環境を理解することができます。アカデミックな視点から海外旅行を楽しむことも一興かもしれません。
●ダウンロード https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2023/index.html
「今年、賃上げ5%は達成可能でしょうか?」 人事担当者であれば、気になるところです。
今年と言うからには、今までを確認しておく必要があります。毎年の賃上げ状況について、正確に把握している人事担当者は、それほど多くないかもしれません。そんな時、ハンディで必要なデータを揃えているのが、この書籍です。過去50年以上にわたる毎年の賃上げ状況について、たった1ページを見るだけで把握することができます。そして、大まかではありますが、業種別、規模別又は調査機関別に確認することも可能です。その他にも、雇用・労働に関するデータが盛りだくさんです。
巻末の「用語の解説」は、知識の整理にも大変役立ちます。「名目賃金」と「実質賃金」の違いや、「労働力人口」や「完全失業者」の定義など、普段何気なく使っている用語について簡潔に説明してくれます。また、「主要統計一覧」では、どのような調査が存在しどの調査を調べればよいか、当りをつけるのに重宝します。
とりあえず知りたいことが何でも揃う。そして小さく軽くて扱いやすい。人事担当者にとってハンディなデータ資料集の決定版といえるでしょう。
著 者:生産性労働情報センター 編
出 版 社:日本生産性本部 生産性労働情報センター
発 売 日:2023年1月
カテゴリー:資料集(雇用、労働など)
「ナッジ」ってご存じですか?
肘でつつくことを「ナッジ」と言うそうです。肘でツンツンして「やらないの?」と聞くような感じでしょうか。「お金を使うこともなく、選択の自由を確保した上で人の行動を予測可能な形で変えるような選択肢を設計すること」だと著者は説明します。人事担当者と「ナッジ」には、一見何の関係もなさそうですが、そうでもないようです。
看護師の残業時間を減らすことに成功した熊本市の病院の事例が出てきます。この病院では、日勤は赤、夜勤は緑に、看護師のユニフォームを分けたそうです。そうすると、日勤の時間帯に夜勤の看護師が残業しているとユニフォームの色が違うので目立ちます。早く帰るようにと無言のプレッシャーがかかるようです。また、医師や患者から見ても残業している看護師が分かるので、その人には頼みにくくなるそうです。つまり、残業時間を減らす方向にものごとが進むわけです。
男性の育児休業取得率の向上に成功した千葉市の事例が出てきます。千葉市は、育児休業を取得しない職員に対して、上司が休業しない理由を聞き取る制度を2017年度に導入しました。すると、2016年度に12.6%だった男性の育児休業取得率が、2017年度に28.7%、2018年度に65.7%に急上昇したそうです。デフォルトの設定を変えたわけです。
「ナッジ」の考え方を用いることで、様々な人事施策に応用できる可能性を感じます。難しそうな経済学の世界ですが、この書籍は平易な言葉を巧みに用いることで、とてもわかりやすく表現されています。ちょっとしたヒントを模索する人事担当者にお薦めしたいと思います。
著 者:大竹 文雄
出 版 社:東京書籍
発 売 日:2022年1月
カテゴリー:一般書(行動経済学)
欧米と日本では、航空会社の選択が違ったようです。
中国発のパンデミックにより、人の往来が究極のレベルまで制限されました。未だコロナ禍の余韻は残っています。人の流れが止まれば、当然に航空会社は飛行機を飛ばせなくなります。経営危機そのものでしょう。どの国の航空会社も危機を乗り越えるために様々な対応に迫られたはずです。国際比較は、様々な要因が複雑に絡むため困難を伴います。しかし、国境を越えて活動する航空業界が同一の時期に同様の対応を迫られたわけですから、国際比較をしたときのコントラストはつきやすくなるでしょう。著者の優れた視点を感じます。
まず、ANAグループの事例が出てきます。2020年4月から一時休業から始まり、新卒採用の停止、6月から賞与の大幅カット、10月から出向の拡大や希望退職の募集が決定されます。ただし、退職を強要された従業員はいなかったようです。その点では、賃金よりも雇用を守る意識が高かったと言えそうです。
欧米からは、サウスウエスト航空、ブリティッシュ・エアウェイズ、ルフトハンザ航空などが登場します。サウスウエスト航空は、日本の会社と似たような労務管理をすると言われていました。創立以来、一度も一時解雇を実施したことがなかった同社でも、最終的には他の欧米企業と同様に一時解雇に至ったようです。つまり、雇用よりも賃金を選択したのが欧米の航空会社とみることもできます。
「雇用か賃金か」どちらを選択するのが良いか一概にいえるものではありませんが、国や企業によって異なる対応には興味深いものがあります。政労使の間に存在する労使関係について、学び直したい人事担当者にとっては、改めて勉強することができる書籍といえそうです。
著 者:首藤 若菜
出 版 社:筑摩書房
発 売 日:2022年10月
カテゴリー:学術書(雇用システム)