労働法の基軸 〜学者五十年の思惟

 ある学者のキャリアを通じて、労働法発展の経緯を学べます。

 労働法を深く勉強した人事担当者なら、菅野和夫先生のお名前を知っていることでしょう。この人の法解釈が変わると判例も変化すると言われるほどの大物です。この書籍は、門下の岩村正彦先生と荒木尚志先生のインタビューに、菅野先生が答える形で綴られたものです。菅野先生は、岩村先生と荒木先生という大家を育てたわけですから、それだけでも大きな功績です。師匠と弟子の会話形式で記述されていますので、とても読みやすいものになっています。

 「本書で述べた50年の軌跡を振り返りますと、キーワードはとにかく「変化」でした。」 これは、終章で菅野先生が述べた一言です。含蓄のあるお言葉だと思います。労働契約法や労働審判制度など、菅野先生がいたからこそ実現できたといっても過言ではないでしょう。日本の労働法学会を率いてきた学者が、どのようなキャリアを歩んできたのか気になるところです。菅野先生のキャリアは、まさに波乱万丈です。労働法が形作られていく過程にどのような人たちが登場し、どのように関わっているのかについて、その一端を感じることができます。

 この書籍は、労働法の実務に関するものではありませんが、昭和から平成の時代を経験した人事担当者にとっては、その裏事情が学べる貴重なものです。生涯を通じて誠実に向き合ってきた労働法学者のキャリアにきっと共感できる部分があるでしょう

著    者:菅野 和夫

出 版 社:有斐閣

発 売 日:2020年5月

カテゴリー:その他(労働法)

 

 

テレワーク導入の法的アプローチ

 テレワークは、うまく機能していますか?

 新型コロナウイルスの流行により、十分な準備もできないまま半強制的にテレワークに突入せざるをえなかった会社もあることでしょう。メディアの中には、テレワークの導入によって「多様な働き方」が実現されたといわんばかりの論調を見かけますが、ここで立ち止まってテレワークのデメリットについても目を向けるべきではないでしょうか。テレワークには、向く仕事と向かない仕事があると思います。著者は、ごく少数の対象者や個別の例外的な場合をもって、「当社もテレワーク制度を導入し大いに効果を上げている」と述べることに慎重な姿勢を見せます。

 この書籍は、Ⅰ章(テレワークに関する基本知識)、Ⅱ章(雇用型テレワークへの労働法規の適用)、Ⅲ章(テレワーク制度導入の実務的留意点)で構成されています。Ⅰ章では、基本知識を整理しながら、メリットとデメリットについて記述しています。メリットとして「ワークライフバランスの実現」、「生産性の向上」、「コストの低減」などが挙げられています。反対に、デメリットとしては「仕事と私生活の区別が曖昧となることによる弊害」、「出社しないこと自体による業務効率の低下」、「コストの増大」などが挙げられています。メリットとデメリットの双方に同じような項目が並んでいるのも面白いと思います。また、Ⅲ章では就業規則の“規定ぶり”に関する解説も載っていますので参考になるでしょう。

 今後、引き続きテレワークを活用するためには、どこかのタイミングで振り返り、改めてその有効性を確認するのも良いと思います。そのための参考書として、基本を整理するのに役立ち

著    者:末 啓一郎

出 版 社:経団連出版

発 売 日:2020年2月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

改訂版 労使協定・労働協約 完全実務ハンドブック

 自社の労使協定に自信はありますか?

 労使協定を締結する場合には、過半数労働者の選出方法、分母となる母集団の範囲、行政への届出義務の有無、有効期間など確認しなければならない事項はいくつもあります。最近では、労働者代表が適切に選出されていないことから、36協定が無効とされる極端なケースも出ています。

 労働基準法には、14の労使協定が登場します。もともと労使協定は、法律で禁じられていることを許される免罰効果を与えるものなので、コンプライアンス上非常に重要なものです。もし、労働基準監督官の臨検が実施された時に、該当の労使協定がなければ、それだけで是正勧告を受けることになってしまいます。また、労働基準法が定めるもの以外にも育児介護休業法に定められる労使協定があります。例えば、従業員が育児休業を申し出た場合でも入社1年未満の従業員であれば、労使協定に定めることによって適用を除外することも可能です。このような労使協定について、記入見本をふんだんに盛り込み、考え方を丁寧に解説しています。

 労使協定をメインテーマとした書籍は意外と少ないものです。情報の流通量が少ない中で、“完全”実務ハンドブックという名前にうそ偽りのない、たいへん優れた実務書だと思います。労使協定の作成を煩わしいと感じている人事担当者にとっては、その苦役から解放してくれる1冊なのかもしれません

著    者:渡邊 岳

出 版 社:日本法令

発 売 日:2019年6月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

就業規則モデル条文【第4版】

 優れた解説書です。

 単なるモデル就業規則の解説に留まらず、考え方や運用について詳しく解説されています。労働法全般に関する理解を深めることが可能です。いわば、“痒い所に手が届く”参考書といったところでしょうか。例えば、この書籍には、「医療情報提供等に関するご承諾の件」という同意書の雛形が載っています。

 人事担当者をしていると、従業員からの復職申請の対応で苦慮することがあるでしょう。私傷病休職の場合、主治医の書いた診断書を提出してもらうのが通常です。復職するための添付資料ですから、そこには「復職可能」と書かれています。しかし、従業員の主治医は、会社の業務内容を詳しく知りません。患者の依頼によって、患者側に立った診断書になりがちです。きちんと確認することなく復職させた結果、病状が悪化すれば従業員のためになりませんし、会社の安全配慮義務を問われることにもなりかねません。このような時、会社の産業医から従業員の主治医に対して、詳細な医療情報の提供を求めることができれば、上手に対応できるでしょう。ただし、医療情報は極めて高度な個人情報です。従業員本人の同意がなければ、主治医が提供してくれる可能性は低くなります。その同意書の文面を考えるのは、結構大変です。そんな時にも役立ちます。

 読み終わってみれば、ポストイットとアンダーラインのオンパレードになるでしょう。一度、手に取ってご覧になっていただければ幸い

著    者:中山 慈夫

出 版 社:経団連出版

発 売 日:2019年7月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

【改訂版】企業労働法実務入門 〜はじめての人事労務担当者からエキスパートへ

 特徴は、特にありません。でも、読みやすいのです。

 どこにでもあるふつうの入門書です。基本に忠実になると似通ったものになるのかもしれませんね。この書籍では、平易な文章とたくさんの図表が用いられ、わかりやすくするための工夫が凝らされています。また、「一歩前へ」や「コラム」などのコーナーが随所に設けられ、読者に気を使っていることがわかります。ですが、これだけではありふれた手法なのでたいしたことはないでしょう。この書籍が読みやすいのは、たぶん「罫線」と「枠囲み」が巧みに用いられているからだと思います。簡潔で平易な文章が効果的に存在するおかげで、ポイントを重点的に理解することができ、読者に安心感を与えてくれます。このような該当箇所が結構多いのです。文字だけを追っていると疲れてきますが、この的確な「枠囲み」が随所にあるおかげで飽きないのです。読書を苦手とする新人に向いているかもしれません。

 ここがよいと特徴をアピールできないのがとても残念なのですが、人事や労働法の初心者にはきっとフィットします。表紙には“若葉マーク”もついています。だまされたと思って読んでみませんか? 初心者むけと言いながら、いやいやどうして充実した内容で侮れません。オールマイティな参考書として重宝するでしょう

著    者:倉重 公太朗 など

出 版 社:日本リーダーズ協会

発 売 日:2019年10月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

労働法 第12版

 “素人さん”には、お薦めできない、この1冊です。

 著者である菅野先生は、この人の法解釈が変わると判例も変化すると言われるほどの大物中の大物です。分かりやすく記述されてはいますが、その分量や内容の濃さから、片手間に読むことはできない書籍だと思います。また、極めたい人には避けて通れない文献ですが、労働法を人事の1分野と考える人事担当者にはヘビーかもしれません。1,227ページあります。とりあえず、体系的に労働法をおさえたいというのであれば、他にも分かりやすい書籍はたくさんありますので、そちらを読んでからにしても遅くはありません。

 この書籍は、労働法関連の書籍を何冊か読み、さらに深いめたい、自分の知識を整理したい、という知的欲求の旺盛な人に向いているといえるでしょう。この機会に、根性を入れて読破してみるのも良いかもしれません。一方、辞書代わりに手元に置いておく、という考え方もあるでしょう。

 たくさんの識者からのお墨付きがあり、クオリティは保証済みで

著    者:菅野 和夫

出 版 社:弘文堂

発 売 日:2019年11月

カテゴリー:学術書(労働法)

 

 

人事評価の法律実務

 めずらしいタイプの書籍です。

 労働法を専門とする弁護士たちが、評価制度について書いたものです。全9章で構成され、そのほとんどがQ&A形式になっています。この中でも変わっているのは第8章で、弁護士の先生方が合宿して評価制度について法制面から議論したそうです。その際のやりとりが議事録のように掲載されており、各弁護士の考え方や生の声が伝わってきます。また、同一労働同一賃金関連法の施行を控え、次のように、かなり批判的な意見が出たようです。

 A弁護士:

「基本給については、○○先生の本によると、職能資格や能力に応じて賃金を支払う場合、同じ能力評価で賃金を支払わなければならない、と書いてありますが、それは違うと思います。」

「ガイドライン案は、同じ制度であるならば同じ基準でと言っているだけなので、なぜ違うのかを説明できればいいのです。」

 B弁護士:

「○○先生は違うものは違うなりに均衡しろというのですが、抽象的な均衡というのはないですよね。全く違うものを天秤に載せて、どう均衡させるのかと。」

「有期短時間と、正社員は同じでないといけないというのは、もともと違うものを同じにしないといけない、ということでおかしな議論だと思います。」

 このどちらも、著名な弁護士です。同一労働同一賃金関連法の施行後、実際の裁判では、いろいろありそうな予感もします。好奇心旺盛な人事担当者にお薦めしたいと思いま

著    者:第一東京弁護士会 労働法制委員会/安西愈など

出 版 社:労働開発研究会

発 売 日:2019年5月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

非正社員改革 〜同一労働同一賃金によって格差はなくならない

 著者は、研究者として同一労働同一賃金を真正面から批判します。

 「企業は同一労働同一賃金を実現すべきだ、というのは、いったいいかなる根拠に基づき論じられているのだろうか。〜そんな議論に、あろうことか研究者まで乗せられてしまっている・・・。」はしがきに出てくる文章です。この研究者の名前を書かずとも、誰を批判しているのか、多くの人に伝わるでしょう。

 日本型雇用システムは、労使の慣行によって作られてきたものなので、法律が直接介入するのではなく、労使の私的自治を促す法政策をとるべきだと著者は述べます。労働法という大きなフレームワークの中で、同一労働同一賃金関連法の持つ意味や矛盾点を分かりやすく、かつ深く教えてくれます。論理的でありながら、誰にでも分かる読みやすい文章で構成されています(補論と最後を除いて・・・)。

 実務家からすると、次の文章が最も気になります。「多くの企業では、正社員と非正社員との間で、基本給の決定方法が異なるので、指針による限り、格差が不合理とされる余地はないことになる。」と著者は述べています。例えば、正社員の基本給は「職能給」、非正社員の基本給は「職務給」となれば、いわゆる同一労働同一賃金ガイドラインは適用されないということです。重要なのは、「いかに合理的な説明ができるか」です。そのためには、自社の現状分析をして基本給等の考え方をはっきりさせる必要があるでしょう。

 同一労働同一賃金の対応マニュアル的な書籍がたくさん出てきています。しかし、法律の表面的な解説や初歩的な対応策に留まるものが多いようにも感じます。そのような中で、同一労働同一賃金の背景や位置づけをしっかりとおさえたい人事担当者には、必要な書籍だと思います

著    者:大内 伸哉

出 版 社:中央経済社

発 売 日:2019年3月

カテゴリー:専門書(労働法)

 

 

日本の労働法政策

 書籍というよりは、枕かもしれません。

 使う人によって使用方法はいろいろあるでしょう。例えば、人事担当者が企画書等の前書きに歴史的背景を解説する場合に役立ちます。また、書籍や雑誌等の原稿を書く人にとっては、力強い参考文献になってくれるでしょう。全部で1,000ページを超えていますので、通読するというよりは関連する分野ごとに使っていくうちに読了することになりそうです。大著ではありますが、細かく単元が分かれていますので、個別の分野を読み終えるのにさほど時間はかかりません。

 著者いわく、「本書の特色は労働立法の政策決定過程に焦点を当て、政労使という労働政策のプレイヤー間の対立と妥協のメカニズムを個別政策領域ごとに明らかにしていくところにある」とのことです。個別の法律がどのような経緯で成立したかが手に取るようにわかります。「完成品としての労働法ではなく、製造過程に着目した労働法の解説」に視点がありますので、労働法の根っこの部分に対する深い理解が得られるでしょう。

 この書籍は、法政策という視点から5部編成になっています。「第3部 労働条件法政策」は、労働時間、賃金、就業規則などについて記述していますので、ここから始めると読みやすいかもしれません。表層的な部分では物足りず、突き詰めて考えるタイプの人事担当者にお薦めしたいと思います

著    者:濱口 桂一郎

出 版 社:労働政策研究・研修機構

発 売 日:2018年10月

カテゴリー:学術書(労働法政策)

 

 

企業労働法実務入門  書式編

 とても実務的な書籍です。

 前著「企業労働法実務入門」は、基本的な労働法を解説していました。その姉妹本として登場したのが、この書式編です。書式編であるが故に、多くを期待することには無理があります。それでも、基本的な書式がたくさん掲載されていますので、人事の実務に役立つことでしょう。

 例えば、「過半数代表者の選出に関する要綱(P67)」、「過半数代表者の選出についての告示(P69)」などが載っています。昔と比べ、事業場の過半数代表者の選出について厳しくチェックされる時代です。代表者の選出ルールや従業員への通知に関する雛形が載っていますので、労働基準監督署の臨検に備えるためにも重宝するでしょう。

 働き方改革に挑む企業がたくさんあると思います。いかに残業を減らすかが課題となっている企業も多いことでしょう。上司から残業しないように指示をされても、なかなか従えない部下がいるかもしれません。そのとき、「残業禁止命令書(P260)」が参考になるでしょう。

 最近では、マタニティ・ハラスメントという言葉も出てきました。出産に伴い軽易な業務に転換してもらう場合には、どのように説明したらよいのでしょうか。そのとき、「軽易な業務に転換させるにあたっての説明文(P210)」が役立つかもしれません。

 従業員を懲戒処分する場合、弁明の機会を与えるケースが多いと思います。そのとき、「弁明の機会の付与に関する通知書(P173)」が参考になるかもしれません。

 いずれも簡単な書式ではありますが、手元に置いておけば文書作成のヒントになってくれます。実務家の皆さんにお薦めしたいと思います。 

著    者:企業人事労務研究会

出 版 社:日本リーダーズ協会

発 売 日:2016年5月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

労基署は見ている。

 まるで、小説のようです。

 労働基準監督官が何を考えながら臨検を実施しているかが伝わってきます。著者は、元労働基準監督官でありご自身の半生を思い起こしながら語ってくれます。労働基準監督署の組織・人事異動、様々な経営者や書類送検するときの検事の対応、そして、監督官の人となりが描写されています。

 労働基準監督官には、「公務員の仕事の一つとして監督官をしている者」と「監督官というプライドで仕事をしている者」の概ね2種類の人がいるそうです。そして、仕事として割り切っている人が3分の1、プライドを追求する人が3分の1、残り3分の1はどちらにでも転がる可能性のある人で構成されているとのことです。監督官も普通の人間なのですね。私たちは、勝手に監督官像を膨らませているのかもしれません。これは、内部にいた人だからこそ実感をもっていえることでしょう。

 最近は、元労働基準監督官の書いた書籍がたくさん出版されています。臨検の概要や対応ノウハウを求めるならば、どの書籍を手にしてもハズレは少ないと思います。しかし、労働基準監督署の臨検について、感覚的に迫ってくる書籍は、さほど多くはないでしょう。実務で臨検に関わった人事担当者でなくとも、臨検の臨場感を味わうことができる書籍です。臨検を肌で感じたい人には、うってつけの本だといえます。是非、お勧めしたいと思います。 

著    者:原  論

出 版 社:日本経済新聞出版社

発 売 日:2017年3月

カテゴリー:新書(労働法)

 

 

Q&A 人事・労務専門家のための税務知識<第3版>

 税務で苦労している人事担当者はいらっしゃいませんか?

 人事担当者は、税金の専門家というわけではないでしょうが、所得税や住民税を源泉徴収し年末調整を実施している人がたくさんいると思います。労働法のような深い知識は必要ではないにしても、それ相応の知識は必要でしょう。従業員からいろいろ聞かれたりしますので、苦労する人も多いと思います。

 そんな時、オールマイティーに役立ってくれるのが本書です。例えば、「控除証明書が間に合わない時の年末調整」、「定年再雇用時の退職金」、「従業員が死亡した時の退職金」、「海外出張に配偶者が同伴した時」、「副業がある場合の源泉徴収」など、税務上どのように対処すればよいのでしょうか。このような様々なケースに対応するためのQ&Aが、200以上載っています。もちろん全てのケースに対応できるわけではありませんが、第一段階の一通りのことには対処できると思います。本書の構成は、平凡なものですが地味に役に立ってくれます。

 著者は、社会保険労務士、かつ、税理士です。人事を理解した上で税務を解説してくれるので分かりやすくなっているのだと思います。労務管理のための税務について簡便に書かれた書籍は、少ないのが実態ではないでしょうか。1度手に取っていただくと良いかもしれません。 

著    者:安田 大

出 版 社:中央経済社

発 売 日:2012年5月

カテゴリー:実務書(税法)

 

 

監督署は怖くない! 労務管理の要点

 「監督署は怖くない」のだそうです。

 そうはいっても、労働基準監督官に書類送検をされた結果、大手企業の社長が辞任に追い込まれるこのご時世です。労働基準監督官の臨検(立入調査)を歓迎する人事担当者はいないでしょう。そして、労働基準監督官は、ある日突然やって来ます。会社が臨検を断ることはできません。逃げられないのであれば、正面から向き合う他ないのかもしれません。

 労働基準監督官の臨検は、ランダムに実施されるわけではありません。厚生労働省が策定する「地方労働行政運営方針」および都道府県労働局が策定する「行政運営方針」を踏まえて、毎年、監督指導計画が作成されます。この書籍には、外部の人間では分かりにくい監督指導計画書の具体例があったり、サービス残業などの未払い賃金の遡及期間に関する説明があったり、大変役立ちます。また、労働基準法の前身である工場法時代の監督制度に関する解説もされていますし、最近の厚生労働省の対応状況も紹介されています。

 単なるノウハウ本ではなく、人事担当者が知りたい“もう一歩”について言及されているので、とても参考になるでしょう。労働基準監督官の臨検に対して正面から向き合うために、自己研鑽に励む人事担当者にお勧めしたいと思います。 

著    者:角森 洋子

出 版 社:労働調査会

発 売 日:2016年9月

カテゴリー:実務書(労働行政)

 

 

労働条件変更の基本と実務

 「第四銀行事件」と「みちのく銀行事件」は、両方とも55歳以降の賃金が減額された銀行の事案です。過半数組合の同意が得られている点も共通しています。しかし、前者では変更が有効とされ、後者では無効とされました。判例中の判例ともいうべき2つの裁判ですが、いわゆる“不利益変更”の問題です。人事担当者なので、私は知っている。けれども、いざ思いだしてみると「何だっけ?」というような事柄をズバッと明快に解説してくれる書籍です。

 就業規則の不利益変更で悩む人事担当者も多いかもしれません。例えば、休職と復職を繰り返す従業員について、前後の休職期間の通算規定を改めて設ける場合です。これは、不利益変更に該当しますので、簡単なことではありません。しかし、不可能というわけでもありません。この他にも、さまざまな労働条件の不利益変更について、裁判例の解説にとどまることなく実務的な対応方法を交えながら、考え方を解説してくれます。

 不利益変更について解説する書籍はたくさんあると思いますが、ここまで分かりやすいものは多くはないと思います。具体的な事例にかなり踏み込んだ解説もされています。また、合併により2社の労働条件を統一する場合などは、少なからず不利益変更の問題がでてきますが、そのような時にも役立つでしょう。久しぶりにアンダーラインを引きまくった書籍です。お勧めできる1冊だと思います

著    者:石嵜 信憲 編著、橘 大樹・石嵜 裕美子 著

出 版 社:中央経済社

発 売 日:2016年9月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

取締役の法律知識<第3版>

 人事の本ではなく、取締役の本です。

 著者は、この書籍の第1の特徴として「取締役会に出席したとき、1人で決定するときなど、具体的な場面に即して」、「経営判断の原則」について、力を注いで解説したことを挙げています。取締役として知って置かねばならないことが書かれているわけです。ですので、取締役ではない人事担当者には、直接関係なさそうです。ところがどっこい、これが結構、参考になるのです。

 例えば、取締役、執行役、監査役、それぞれの違いと役割を解説してくれます。そして、執行役は会社法上のものですが、執行役員は法律上のものではないので、会社ごとに定義が異なります。そのため、会社によっては経営者に近い存在であるケースもあれば、従業員に近い場合もあり得ます。また、従業員との雇用契約に基づく「給与」が「労働の対価」であるのに対し、取締役との委任契約に基づく「報酬」は、経営のプロとしての「業務遂行の対価」である点が異なると解説されています。会社法が改正され、ますます理解が困難になる中、分かりやすく解説してくれるのでありがたいです。

 専門分野ではないものの、新聞レベルよりはもう少し知識を持っていたい。そんな人事担当者にお薦めできる書籍です。新書ですので、手軽に素早く知識を習得することができるでしょう

著    者:中島 茂

出 版 社:日本経済新聞出版社

発 売 日:2015年4月

カテゴリー:新書(会社法)

 

 

わかりやすい労働安全衛生管理

 労働安全衛生法は、わかりにくい。

 そう思います。労働安全衛生法は、労働基準法と条文の数はさほど違いませんが、労働安全衛生規則(安衛則)は600条を超えています。また、通常あるはずの施行規則がなく、それが安衛則の中に取り込まれていることや関連の規則が多いことが、わかりにくさに繋がっているのでしょう。

 このようなことから、労働安全衛生法を網羅的に解説しようとすると情報量が多すぎるため、読みやすさを配慮してか、内容を浅く止めている書籍が多いように感じます。この書籍は、労働安全衛生法の全体像を踏まえながら、適度に深くかつ詳細にはなり過ぎず、適当なボリューム感に留めている点で優れていると思います。一方、労働安全衛生管理の分野は変化が激しく、従来からの職業性疾病だけでなく、メンタルヘルス、過重労働または産業医に関する対応などは、喫緊の課題となっています。著書は、元労働基準監督官だけあって、この分野に対しても造詣が深く参考になります。

 製造業に携わる安全管理担当者にとっては、ひょっとするともの足りないと感じる部分があるかもしれませんが、オフィス勤務を中心とする会社の人事担当者であれば、問題なく必要以上の情報レベルに達していると感じるでしょう。“わかりやすい”労働安全衛生管理の書籍として、トータルバランスの取れたお勧めの1冊です。 

著    者:角森 洋子

出 版 社:経営書院

発 売 日:2015年3月

カテゴリー:実務書(労働安全衛生法)

 

 

会社が「泣き」を見ないための労働法入門

 サッと読むのにちょうど良いと思います。

 労働法を体系的に学ぶというよりは、“会社が「泣き」を見ないため”特定のトピックに焦点を絞った書籍です。ブラック企業や過重労働など最近の動向を念頭に置き、以下のような章構成になっています。

 第1章:「ブラック企業」問題

 第2章:サービス残業

 第3章:過重労働

 第4章:パワーハラスメント

 第5章:若者の使い捨て

 第6章:その他の課題(追い出し行為等)

 第7章:ブラック企業と思われない組織づくり

 タイトル通り、入門書として書かれていますので詳細な部分までは立ち入らず、適切な文章量と平易な言葉使いのおかげで簡単に理解することができます。分かりやすさを重要視しているのでしょう。人事担当者が読むだけでなく、部下を抱える管理職に読んでもらうのもよいと思います。

 著者である北岡先生は、元労働基準監督官であり行政から見た視点が活かされていると思います。いわば、監督官から会社へのアドバイス集といえるかもしれません。入門書とは言いながら必要な情報も揃っていますので、あまり労働法に詳しくない人が、とりあえず1冊よみたいときに適しているような気がします

著    者:北岡 大介

出 版 社:日本実業出版社

発 売 日:2014年5月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

「雇止めルール」のすべて

 2018年問題への対応はお済みですか?

 2018年問題とは、2013年4月に施行された改正労働契約法が5年を経過し、有期雇用従業員が無期転換権を行使できることを指しています。つまり、反復更新された労働契約が5年を超えた場合には、契約社員が正社員に近い存在になることを意味します。仮に、それを回避したい会社は、5年を経過する前に「雇止め」を実施するでしょう。その「雇止め」は有効になるのでしょうか?そもそも「雇止め」はどのような場合に、有効とされるのでしょうか。著者は、「雇止め」に関する基本について解説し、このような疑問に答えてくれます。

 また、この書籍では7つの要素から「雇止め」の効力をスコア化し、その有効性を検証する試みが為されています。次の事例であれば、「合計3点で、雇止めは無効になる」ことが予想されます。これら7つの要素から100件以上の裁判例について検証したコメントが載っているのです。自社の「雇止め」が有効とされる可能性が高いか否かの予想に役立つでしょう。

①永続性のある業務を担当している                   ±0点

②更新回数3回以上または通算雇用期間が3年超             +1点

③正社員とは、職務の点でも、権限・責任の点でも異なる          -1点

④毎回、契約書を作成しているが、面談や成績の検証はしていない     ±0点

⑤特段の事情がない限り更新するのを原則としている             +2点

⑥上司による更新を期待させる言動があった               +1点

⑦本件雇止め以前に、雇止めの実績がいくつかある            ±0点

 「雇止め」の問題で頭を悩ませている人事担当者はたくさんいるでしょう。2018年問題への対応も含め、「期間の定めのある労働契約」について、今後の方向性を見定める重要な参考書といえそうです

著    者:渡邊 岳

出 版 社:日本法令

発 売 日:2012年12月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

労働基準監督署への対応と職場改善

 来てほしくないもの、でしょう。

 労働基準法の番人とされる労働基準監督官は、ある日突然やって来ます。それは、労働基準監督署が実施する臨検のことです。臨検が実施された事業場では、是正勧告書が発せられているケースが多くあります。そして、会社が是正勧告書を受け取ると、法違反状態を是正し指定された期日までにその報告書を提出しなければなりません。ただでさえ通常の業務で忙しい人事担当者にとっては、できれば避けて通りたいと思うところでしょう。そのような時の対処法が書かれた書籍です。是正勧告書のサンプルやその解説が少ないのは残念ですが、著者は元労働基準監督官であり、長年、臨検を実施してきた立場から、臨検や労働基準法などについて丁寧に解説してくれます。

 また、この書籍に中には、「コーヒー・ブレイク」というコラムが16箇所登場します。過去にあった出来事を記述しているのですが、労働基準監督官としての感想が記されており、現場の雰囲気が伝わってきます。その中で、労働基準監督官として初めて臨検を実施した時の記述があります。「緊張して見れども見えずという状態で、社長さんの話を聞くのが精一杯」だったそうです。労働基準監督官も人間だな〜、と親近感がわくでしょう。

 労働基準監督署への対策本で1冊購入したいとき、迷ったらこの書籍はいかがでしょうか

著    者:角森 洋子

出 版 社:労働調査会

発 売 日:2010年7月

カテゴリー:実務書(労働行政)

 

 

日本の雇用終了 〜労働局あっせん事例から

 日本は解雇規制の厳しい国だといわれることがありますが、本当はそうでもない実態が描かれています。

 この書籍は、厚生労働省からデータ提供を受けた研究者が、労働局で扱われた「あっせん」事例について、詳細に事例分析をしたものです。申請内容の内訳では、「雇用終了」が66.1%、「いじめ・嫌がらせ」が22.7%、「労働条件引下げ」が11.2%となっており、「雇用終了」に関する事案が特に多くなっているのがわかります。

 まず、気になるのは「あっせん」が成立した場合の解決金額で、72.8%が「40万円未満」で解決しています。また、「10万円以上20万円未満」で解決したものが最も多く24.3%を占めています。労働審判では、全体の約8割が200万円未満の金額帯に属していることと比較すると相場の違いに驚かされます。

 その他には、次の記述も気になります。

 「雇用終了に至る最大の原因がそれら「能力」自体よりも、会社の側からみて許し難い「態度」の不良性にある」(P103)

 「解決金額は当事者の態度(気迫)によって左右される」(P233)

 解雇などの問題について判例を参照する人事担当者は多いと思いますが、そういった表舞台に出てこない事例が山のように登場します。労働法の世界だけでは語れない世の中の実態を勉強するのに大変役立つ書籍といえるでしょう

著    者:労働政策研究研修機構 編

出 版 社:労働政策研究研修機構

発 売 日:2012年3月

カテゴリー:学術書(個別労働紛争)