労働判例百選 [第10版]

 判例に関する良書はたくさんあるでしょう。 ですが・・・。

 江戸に八百八町、大阪に八百八橋あろうとも、コレだけは読んでおかなくてはなりません。例えば、「秋北バス事件」や「第四銀行事件」から就業規則の不利益変更を学び、「東芝柳町工場事件」や「日立メディコ事件」から有期雇用社員の雇止めなどを勉強した人事担当者が数多くいるはずです。今となっては労働契約法に規定されたものですが、それまでは、判例を知らなければ手も足も出ない分野でした。他にも判例を知らなければ対処できない人事に関する多くの分野があります。前回、第9版が出たのが2016年11月です。約5年の間に重要判例が数多くありました。例えば、「ハマキョウレックス事件」がそうです。これらなくして、同一労働同一賃金を語ることはできません。

 最高裁の判例は確定判決なので別ですが、一つひとつの裁判例が判例と呼べるレベルに達したものかどうかは、なかなかに難しい問題です。この書籍であれば、専門家が吟味し判例として扱うことに問題がないという“お墨付き”が与えられているようなものです。労働判例百選に載っているというだけで、信頼性の証になります。 

 きちんとした人事担当者になるためには、労働法だけでなく判例に関する理解も必要です。重要判例について勉強を進めたい人事担当者の皆様へお薦めしたいと思います。

著    者:村中 孝史、荒木 尚志 編

出 版 社:有斐閣

発 売 日:2022年1月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

新版 残業代請求の理論と実務

 固定残業代の危うさを感じさせる書籍です。

 固定残業代としての時間外勤務手当は、違法ではありません。例えば、1箇月の残業時間を事前に20時間と設定し、その時間に相当する時間外勤務手当を毎月支給します。ある月の残業が20時間を超えれば、超えた時間分の時間外勤務手当を追加で支給し、20時間に満たない場合は20時間分の時間勤務外手当をそのまま支給することになります。

 これが、基本的な固定残業代です。最初から時間外勤務手当が加算されているので、従業員に生活残業をさせないためのメッセージを送ることができるかもしれません。仕事は時間ではなく成果でみるべきというメッセージにはなります。しかし、会社にとって人件費を減らせるメリットは一切ありません。その点において、固定残業代を採用する会社の目的はサービス残業にある、と労働基準監督署に疑われるかもしれません。ある意味で、ブラック企業のイメージが伴います。

 この書籍は、会社に対して未払いの残業代をいかにして支払わせるかという視点から書かれています。労働側弁護士がこれだけ緻密に対策を講じていることを会社は知っておくべきでしょう。固定残業代の他にも、変形労働時間制など他の労働時間管理の手法について解説されており、残業代請求の実務が詳細に記述されています。ここまで詳細に記述された書籍は少ないかもしれません。

 時間外勤務手当の削減を検討しなければならない人事担当者もいることでしょう。しかし、中途半端な知識はリスクを伴います。裁判などで授業料を払うことにならないための警告書と捉えることができるかもしれません。本書には、やや難解な部分もありますが本格的な勉強の機会になるはずで

著    者:渡辺 輝人

出 版 社:旬報社

発 売 日:2021年10月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

1冊でわかる!育児・介護休業法

 またも、法改正です。

 今回の育児介護休業法の改正で注目されるのは、何と言っても「出生時育児休業」でしょう。主に男性の育児休業を活性化させるための新しい育児休業です。今までは、(1)1歳まで、(2)1歳2か月まで、(3)1歳6か月までの延長、(4)2歳までの延長という4種類の休業スタイルでした。今回の改正で、(5)出生時育児休業(産後パパ育休)が加わり5種類になったと見ることができます。法改正についていくのも大変です。

 そんな時に役立ってくれるのが、この書籍です。6年前に出版された「1冊でわかる!育児・介護休業法、均等法、雇用保険法」と同様に、シンプルで分かりやすい解説がされています。まず、法改正のポイント15件について説明されます。改正の前後を比較して、1ページに1件ずつ計15ページで構成されています。読み進むうちに迷ってしまっても、最初の15ページに戻ればOKです。体系的に網羅されているわけではなく、法改正に絞って書かれていますので、これが簡潔さを導いているのでしょう。

 育児介護休業法は、法改正を重ねることで複雑な法律になってきました。手続きについても仔細に規定されるので、社内規程の改定で苦労する人事担当者がたくさんいるはずです。育児介護休業法をある程度知っている人が法改正の概略を把握するために、この1冊を読んでみるのも良いと思います

著    者:小磯優子、高橋 克郎

出 版 社:労務行政

発 売 日:2022年3月

カテゴリー:実務書(育児介護休業法)

 

 

すぐに使える 衛生委員会の基本と実務 第2版

 超初心者向けです。でも、意外と重宝しそうです。

 常時使用する労働者が50人以上の事業場であれば、衛生委員会を組織しなければなりません。労働者の人数には、派遣労働者を含みますので注意が必要です。衛生委員会は、毎月1回以上開催し議事の概要を労働者に周知する必要があります。また、委員会のメンバーは会社が指名しますが、その半数は労働者側の推薦に基づかなければなりません。労働基準監督署の臨検があった場合には、この推薦について確認されることがありますので注意が必要でしょう。このようなことが、マンガを交えて説明されています。

 初めて衛生委員会を組織した時は、衛生委員会規程を審議するところから始まり、審議しなければならないテーマがいろいろ出てくるかもしれません。しかし、いつしかマンネリ化することはよくあることでしょう。衛生委員会は、毎月1回以上開催する必要がありますので、少なくとも1年間に12個のテーマ設定が必要です。「次回のテーマは何にすべきか?」と悩む人事担当者にとっては、ヒントになるでしょう。

 例えば、「職場における食中毒予防」というテーマが載っています。社員食堂で食中毒が発生すれば業務災害となる可能性が高いため、その予防と対応について知っておくことは重要です。簡単な内容ではありますが、このようなテーマが45個記載されています。また、年間イベントカレンダーのような表が載っており、年間計画を作成するのにも役立ちます。衛生委員会のマンネリ打破を考えている人事担当者にお薦めしたいと思います

著    者:村木 宏吉

出 版 社:労務行政

発 売 日:2020年10月

カテゴリー:実務書(安全衛生)

 

 

教養としての「労働法」入門

 読み物としても面白いと思います。

 例えば、こんな話が載っています。職業紹介は、江戸時代に広まったそうです。事業として普及した背景には、参勤交代がありました。「参勤交代では多くの人員を必要とするため、参勤交代の最中は臨時的に人員を増やす必要」があったようです。いわゆるマッチングビジネスである現在の職業紹介は、労働者派遣事業が代表的な存在ですが、参勤交代と職業紹介を結び付けて語ることができるのは、まさに教養といってよいでしょう。

 こんな話も載っています。なぜ、1日の法定労働時間は8時間なのでしょうか? 「1日は24時間で、3分の1の8時間は休息に使われるため、残りの16時間を仕事と家庭とで半分ずつに分けようとの意味が込められていた」と記述されています。既にワークライフバランスの発想が含まれていたようです。

 「教養として」というタイトルがついていますが、著者は労働法の弁護士なので、当然に実務的な内容がたくさん出てきます。例えば、指針と告示が説明されています。指針は、下部行政機関に出す通達の場合と民間に向けた要望として出されることがあるので、「誰に向けての、何のためのガイドラインなのか」その性格を確認する必要があること。告示は、国民に対する情報発信であること。どちらも法的拘束力のないものです。理解しているようで、そうでもない。微妙な知識の整理に役立ちます。

 その他にも、たくさんの国際比較が出てきます。詳細に解説されているわけではありませんが、簡単に読み流すことができます。少しだけ話の幅を広げたい、と考える人事担当者に向いている書籍かもしれません

著    者:向井 蘭  編著

出 版 社:日本実業出版社

発 売 日:2021年4月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

企業組織再編と労働契約

 企業グループには再編がつきものです。合併であったり、会社分割であったり、様々な再編が実施されます。会社法の世界のことであり、人事担当者には馴染みが薄いかもしれません。しかし、ことが動き出せば、労働契約がどのように存続するかなど、人事担当者の扱うテーマにはとても重いものがあります。上場会社のようにインサイダー取引に細心の注意が必要な場合には、企業再編の情報はトップシークレットでしょう。一般の人事担当者に知らされた時には、実行までわずかの時間しか残されていないことも珍しくありません。いざ、という時に慌てないためにも事前に学んでおくことは必要です。

 著者は、元日本労働弁護団の会長であり労働側弁護士として著名な存在です。経営側弁護士に相談する人事担当者からすれば、反対側の視点で書かれた書籍になります。これがかえって分かりやすい雰囲気を醸し出しているかもしれません。企業再編に際して従業員がどのような視点を持つのかが伝わってきます。例えば、「法人格否認の法理」が出てきます。子会社の問題であっても、親会社が過度に介入していると子会社の法人格が否定されるという考え方です。その場合、親会社が当事者となり子会社の労働組合と直接交渉しなければならない場合があります。親会社の人事担当者であれば、気を付けなければならないポイントでしょう。

 企業グループで働く人事担当者にとって、他人事とは言っていられない内容のオンパレードです。比較的読みやすいと思いますので、この機会にトライしてみるのもよいと思い

著    者:徳住 堅治

出 版 社:旬報社

発 売 日:2016年4月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

実践!! 業務委託契約書審査の実務

 雇用契約と業務委託契約の違いで悩むことはありませんか?

 人事担当者にとって業務委託契約は管轄外だろうと思いきや、業務委託契約書というタイトルの雇用契約があり得ます。業務委託契約であれば、仕事をする場所や遂行の方法について指揮命令されることはありません。しかし、実際には会社の指揮命令に服した形で労務を提供する、いわば「名ばかり業務委託」が存在します。法律では、明確に区分できる前提なのでしょうが、実際には広大なグレーゾーンが存在するような気もします。

 労働法は、実態に基づいて判断されますので、業務委託契約だと思っていたものが、ある日突然、雇用契約と判断されれば様々な労働法の保護が及ぶことになります。それを追いかけるのはとても大変なことです。そのリスクを避けるため、個人との業務委託契約を避ける会社も多いことでしょう。そのため、本来は人事マターではないものの、業務委託契約については初歩的な理解が必要となります。

 この書籍は、読者として法務審査担当者を想定しているようですが、比較的わかりやすく解説されていますので、人事担当者が勉強するにも有益です。人事担当者にとっては、専門科目ではなく一般教養科目のような位置づけになるかもしれません。この書籍を通して基本的な知見を得ておくのも有意義だろうと思い

著    者:出澤総合法律事務所 編

出 版 社:学陽書房

発 売 日:2019年7月

カテゴリー:実務書(民法・契約書)

 

 

第2版 これ1冊でぜんぶわかる! 労働時間制度と36協定

 「痒い所に手が届く」書籍です。

 著者は弁護士ですが、人事担当者としての経験もあり実務家の知りたい細かいところを含めて解説してくれます。例えば、次の3点などは参考になります。

 ①法律上、「事業場外みなし労働時間制」を採用することは可能だが、スマートフォンが普及した現代では、導入の前提となる「労働時間の算定が困難」とは言いにくいこと。

 ②「36協定の本社一括届」を利用したいがために、時間外労働の上限時間を無理に統一するのは法の趣旨に反するので、事務の効率化を優先しないこと。

 ③「定額残業手当」を支給する際、「営業手当」などの割増賃金であることを連想できない名称は、そもそも割増賃金として支払われたものといえるのか、という裁判上の争点を増やしてしまうため「手当の名称」にも気を配ること。

 昨今、労働基準監督署の臨検では「事業場外みなし労働時間制」に対して厳しい視線が注がれていることを実感します。実務上、判断に迷うケースも出てくるため上記のようにはっきり記述してもらえると、見直しのきっかけになるかもしれません。

 この書籍は、新しい何かが書かれているわけではないのですが、厚生労働省の公表するパンフレットに「もう一言」を付け加えた感じです。簡単に読むことができます。いろいろな参考書に手を出す前に、取りあえずおさえておきたい情報です。新任の人事担当者にお薦めしたいと思いま

著    者:神内 伸浩

出 版 社:労務行政

発 売 日:2021年7月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

逐条解説 労働基準法

 うすくて使いやすいです。とはいっても、400ページは超えています。

 法律の解説書といえば、法律の条文を一つずつ丁寧に解説してくれるコンメンタールが基本でしょう。コンメンタールはドイツ語だそうです。労働基準法のコンメンタールといえば、厚生労働省労働基準局編の『労働基準法(上)(下)』が最も重要な書籍でしょう。このコンメンタールは、上下巻合わせて1,114ページ、約1.5㎏、14,038円(2021年7月19日現在)であり、とても持ち歩ける書籍という感じではありません。その点において、携帯が可能なコンメンタールとして、実務に耐えるのがこの書籍です。

 もちろん、軽さが売りではありません。例えば、「労働時間とは何か」という項目を立て、「労基法には労働時間を定義する規定がないので、労働時間をどう定義するかについては議論があるところである。」と解説してくれます。とても助かる記述です。自分では理解していても、人事担当者があまり知識のない従業員に法律を説明する場合、分かりやすい参考資料を探すのは大変です。そういったとき、簡単に説明してくれる資料になります。厚生労働省のコンメンタールは、やや敷居が高いので、この書籍ならきっとお役に立つでしょう。

 著者は、元労働基準監督官です。監督官がどのように労働基準法を解釈しているのかを知る重要な資料にもなります。労働基準監督署の臨検があった時には、とても参考なるでしょう。何冊か労働基準法に関する入門書を読破し、さらに細かく勉強したいと考える人事担当者にとっては、“うってつけ”の1冊で

著    者:角森 洋子

出 版 社:経営書院

発 売 日:2019年12月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

労働法の基軸 〜学者五十年の思惟

 ある学者のキャリアを通じて、労働法発展の経緯を学べます。

 労働法を深く勉強した人事担当者なら、菅野和夫先生のお名前を知っていることでしょう。この人の法解釈が変わると判例も変化すると言われるほどの大物です。この書籍は、門下の岩村正彦先生と荒木尚志先生のインタビューに、菅野先生が答える形で綴られたものです。菅野先生は、岩村先生と荒木先生という大家を育てたわけですから、それだけでも大きな功績です。師匠と弟子の会話形式で記述されていますので、とても読みやすいものになっています。

 「本書で述べた50年の軌跡を振り返りますと、キーワードはとにかく「変化」でした。」 これは、終章で菅野先生が述べた一言です。含蓄のあるお言葉だと思います。労働契約法や労働審判制度など、菅野先生がいたからこそ実現できたといっても過言ではないでしょう。日本の労働法学会を率いてきた学者が、どのようなキャリアを歩んできたのか気になるところです。菅野先生のキャリアは、まさに波乱万丈です。労働法が形作られていく過程にどのような人たちが登場し、どのように関わっているのかについて、その一端を感じることができます。

 この書籍は、労働法の実務に関するものではありませんが、昭和から平成の時代を経験した人事担当者にとっては、その裏事情が学べる貴重なものです。生涯を通じて誠実に向き合ってきた労働法学者のキャリアにきっと共感できる部分があるでしょう

著    者:菅野 和夫

出 版 社:有斐閣

発 売 日:2020年5月

カテゴリー:その他(労働法)

 

 

テレワーク導入の法的アプローチ

 テレワークは、うまく機能していますか?

 新型コロナウイルスの流行により、十分な準備もできないまま半強制的にテレワークに突入せざるをえなかった会社もあることでしょう。メディアの中には、テレワークの導入によって「多様な働き方」が実現されたといわんばかりの論調を見かけますが、ここで立ち止まってテレワークのデメリットについても目を向けるべきではないでしょうか。テレワークには、向く仕事と向かない仕事があると思います。著者は、ごく少数の対象者や個別の例外的な場合をもって、「当社もテレワーク制度を導入し大いに効果を上げている」と述べることに慎重な姿勢を見せます。

 この書籍は、Ⅰ章(テレワークに関する基本知識)、Ⅱ章(雇用型テレワークへの労働法規の適用)、Ⅲ章(テレワーク制度導入の実務的留意点)で構成されています。Ⅰ章では、基本知識を整理しながら、メリットとデメリットについて記述しています。メリットとして「ワークライフバランスの実現」、「生産性の向上」、「コストの低減」などが挙げられています。反対に、デメリットとしては「仕事と私生活の区別が曖昧となることによる弊害」、「出社しないこと自体による業務効率の低下」、「コストの増大」などが挙げられています。メリットとデメリットの双方に同じような項目が並んでいるのも面白いと思います。また、Ⅲ章では就業規則の“規定ぶり”に関する解説も載っていますので参考になるでしょう。

 今後、引き続きテレワークを活用するためには、どこかのタイミングで振り返り、改めてその有効性を確認するのも良いと思います。そのための参考書として、基本を整理するのに役立ち

著    者:末 啓一郎

出 版 社:経団連出版

発 売 日:2020年2月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

改訂版 労使協定・労働協約 完全実務ハンドブック

 自社の労使協定に自信はありますか?

 労使協定を締結する場合には、過半数労働者の選出方法、分母となる母集団の範囲、行政への届出義務の有無、有効期間など確認しなければならない事項はいくつもあります。最近では、労働者代表が適切に選出されていないことから、36協定が無効とされる極端なケースも出ています。

 労働基準法には、14の労使協定が登場します。もともと労使協定は、法律で禁じられていることを許される免罰効果を与えるものなので、コンプライアンス上非常に重要なものです。もし、労働基準監督官の臨検が実施された時に、該当の労使協定がなければ、それだけで是正勧告を受けることになってしまいます。また、労働基準法が定めるもの以外にも育児介護休業法に定められる労使協定があります。例えば、従業員が育児休業を申し出た場合でも入社1年未満の従業員であれば、労使協定に定めることによって適用を除外することも可能です。このような労使協定について、記入見本をふんだんに盛り込み、考え方を丁寧に解説しています。

 労使協定をメインテーマとした書籍は意外と少ないものです。情報の流通量が少ない中で、“完全”実務ハンドブックという名前にうそ偽りのない、たいへん優れた実務書だと思います。労使協定の作成を煩わしいと感じている人事担当者にとっては、その苦役から解放してくれる1冊なのかもしれません

著    者:渡邊 岳

出 版 社:日本法令

発 売 日:2019年6月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

就業規則モデル条文【第4版】

 優れた解説書です。

 単なるモデル就業規則の解説に留まらず、考え方や運用について詳しく解説されています。労働法全般に関する理解を深めることが可能です。いわば、“痒い所に手が届く”参考書といったところでしょうか。例えば、この書籍には、「医療情報提供等に関するご承諾の件」という同意書の雛形が載っています。

 人事担当者をしていると、従業員からの復職申請の対応で苦慮することがあるでしょう。私傷病休職の場合、主治医の書いた診断書を提出してもらうのが通常です。復職するための添付資料ですから、そこには「復職可能」と書かれています。しかし、従業員の主治医は、会社の業務内容を詳しく知りません。患者の依頼によって、患者側に立った診断書になりがちです。きちんと確認することなく復職させた結果、病状が悪化すれば従業員のためになりませんし、会社の安全配慮義務を問われることにもなりかねません。このような時、会社の産業医から従業員の主治医に対して、詳細な医療情報の提供を求めることができれば、上手に対応できるでしょう。ただし、医療情報は極めて高度な個人情報です。従業員本人の同意がなければ、主治医が提供してくれる可能性は低くなります。その同意書の文面を考えるのは、結構大変です。そんな時にも役立ちます。

 読み終わってみれば、ポストイットとアンダーラインのオンパレードになるでしょう。一度、手に取ってご覧になっていただければ幸い

著    者:中山 慈夫

出 版 社:経団連出版

発 売 日:2019年7月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

【改訂版】企業労働法実務入門 〜はじめての人事労務担当者からエキスパートへ

 特徴は、特にありません。でも、読みやすいのです。

 どこにでもあるふつうの入門書です。基本に忠実になると似通ったものになるのかもしれませんね。この書籍では、平易な文章とたくさんの図表が用いられ、わかりやすくするための工夫が凝らされています。また、「一歩前へ」や「コラム」などのコーナーが随所に設けられ、読者に気を使っていることがわかります。ですが、これだけではありふれた手法なのでたいしたことはないでしょう。この書籍が読みやすいのは、たぶん「罫線」と「枠囲み」が巧みに用いられているからだと思います。簡潔で平易な文章が効果的に存在するおかげで、ポイントを重点的に理解することができ、読者に安心感を与えてくれます。このような該当箇所が結構多いのです。文字だけを追っていると疲れてきますが、この的確な「枠囲み」が随所にあるおかげで飽きないのです。読書を苦手とする新人に向いているかもしれません。

 ここがよいと特徴をアピールできないのがとても残念なのですが、人事や労働法の初心者にはきっとフィットします。表紙には“若葉マーク”もついています。だまされたと思って読んでみませんか? 初心者むけと言いながら、いやいやどうして充実した内容で侮れません。オールマイティな参考書として重宝するでしょう

著    者:倉重 公太朗 など

出 版 社:日本リーダーズ協会

発 売 日:2019年10月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

労働法 第12版

 “素人さん”には、お薦めできない、この1冊です。

 著者である菅野先生は、この人の法解釈が変わると判例も変化すると言われるほどの大物中の大物です。分かりやすく記述されてはいますが、その分量や内容の濃さから、片手間に読むことはできない書籍だと思います。また、極めたい人には避けて通れない文献ですが、労働法を人事の1分野と考える人事担当者にはヘビーかもしれません。1,227ページあります。とりあえず、体系的に労働法をおさえたいというのであれば、他にも分かりやすい書籍はたくさんありますので、そちらを読んでからにしても遅くはありません。

 この書籍は、労働法関連の書籍を何冊か読み、さらに深いめたい、自分の知識を整理したい、という知的欲求の旺盛な人に向いているといえるでしょう。この機会に、根性を入れて読破してみるのも良いかもしれません。一方、辞書代わりに手元に置いておく、という考え方もあるでしょう。

 たくさんの識者からのお墨付きがあり、クオリティは保証済みで

著    者:菅野 和夫

出 版 社:弘文堂

発 売 日:2019年11月

カテゴリー:学術書(労働法)

 

 

人事評価の法律実務

 めずらしいタイプの書籍です。

 労働法を専門とする弁護士たちが、評価制度について書いたものです。全9章で構成され、そのほとんどがQ&A形式になっています。この中でも変わっているのは第8章で、弁護士の先生方が合宿して評価制度について法制面から議論したそうです。その際のやりとりが議事録のように掲載されており、各弁護士の考え方や生の声が伝わってきます。また、同一労働同一賃金関連法の施行を控え、次のように、かなり批判的な意見が出たようです。

 A弁護士:

「基本給については、○○先生の本によると、職能資格や能力に応じて賃金を支払う場合、同じ能力評価で賃金を支払わなければならない、と書いてありますが、それは違うと思います。」

「ガイドライン案は、同じ制度であるならば同じ基準でと言っているだけなので、なぜ違うのかを説明できればいいのです。」

 B弁護士:

「○○先生は違うものは違うなりに均衡しろというのですが、抽象的な均衡というのはないですよね。全く違うものを天秤に載せて、どう均衡させるのかと。」

「有期短時間と、正社員は同じでないといけないというのは、もともと違うものを同じにしないといけない、ということでおかしな議論だと思います。」

 このどちらも、著名な弁護士です。同一労働同一賃金関連法の施行後、実際の裁判では、いろいろありそうな予感もします。好奇心旺盛な人事担当者にお薦めしたいと思いま

著    者:第一東京弁護士会 労働法制委員会/安西愈など

出 版 社:労働開発研究会

発 売 日:2019年5月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

非正社員改革 〜同一労働同一賃金によって格差はなくならない

 著者は、研究者として同一労働同一賃金を真正面から批判します。

 「企業は同一労働同一賃金を実現すべきだ、というのは、いったいいかなる根拠に基づき論じられているのだろうか。〜そんな議論に、あろうことか研究者まで乗せられてしまっている・・・。」はしがきに出てくる文章です。この研究者の名前を書かずとも、誰を批判しているのか、多くの人に伝わるでしょう。

 日本型雇用システムは、労使の慣行によって作られてきたものなので、法律が直接介入するのではなく、労使の私的自治を促す法政策をとるべきだと著者は述べます。労働法という大きなフレームワークの中で、同一労働同一賃金関連法の持つ意味や矛盾点を分かりやすく、かつ深く教えてくれます。論理的でありながら、誰にでも分かる読みやすい文章で構成されています(補論と最後を除いて・・・)。

 実務家からすると、次の文章が最も気になります。「多くの企業では、正社員と非正社員との間で、基本給の決定方法が異なるので、指針による限り、格差が不合理とされる余地はないことになる。」と著者は述べています。例えば、正社員の基本給は「職能給」、非正社員の基本給は「職務給」となれば、いわゆる同一労働同一賃金ガイドラインは適用されないということです。重要なのは、「いかに合理的な説明ができるか」です。そのためには、自社の現状分析をして基本給等の考え方をはっきりさせる必要があるでしょう。

 同一労働同一賃金の対応マニュアル的な書籍がたくさん出てきています。しかし、法律の表面的な解説や初歩的な対応策に留まるものが多いようにも感じます。そのような中で、同一労働同一賃金の背景や位置づけをしっかりとおさえたい人事担当者には、必要な書籍だと思います

著    者:大内 伸哉

出 版 社:中央経済社

発 売 日:2019年3月

カテゴリー:専門書(労働法)

 

 

日本の労働法政策

 書籍というよりは、枕かもしれません。

 使う人によって使用方法はいろいろあるでしょう。例えば、人事担当者が企画書等の前書きに歴史的背景を解説する場合に役立ちます。また、書籍や雑誌等の原稿を書く人にとっては、力強い参考文献になってくれるでしょう。全部で1,000ページを超えていますので、通読するというよりは関連する分野ごとに使っていくうちに読了することになりそうです。大著ではありますが、細かく単元が分かれていますので、個別の分野を読み終えるのにさほど時間はかかりません。

 著者いわく、「本書の特色は労働立法の政策決定過程に焦点を当て、政労使という労働政策のプレイヤー間の対立と妥協のメカニズムを個別政策領域ごとに明らかにしていくところにある」とのことです。個別の法律がどのような経緯で成立したかが手に取るようにわかります。「完成品としての労働法ではなく、製造過程に着目した労働法の解説」に視点がありますので、労働法の根っこの部分に対する深い理解が得られるでしょう。

 この書籍は、法政策という視点から5部編成になっています。「第3部 労働条件法政策」は、労働時間、賃金、就業規則などについて記述していますので、ここから始めると読みやすいかもしれません。表層的な部分では物足りず、突き詰めて考えるタイプの人事担当者にお薦めしたいと思います

著    者:濱口 桂一郎

出 版 社:労働政策研究・研修機構

発 売 日:2018年10月

カテゴリー:学術書(労働法政策)

 

 

企業労働法実務入門  書式編

 とても実務的な書籍です。

 前著「企業労働法実務入門」は、基本的な労働法を解説していました。その姉妹本として登場したのが、この書式編です。書式編であるが故に、多くを期待することには無理があります。それでも、基本的な書式がたくさん掲載されていますので、人事の実務に役立つことでしょう。

 例えば、「過半数代表者の選出に関する要綱(P67)」、「過半数代表者の選出についての告示(P69)」などが載っています。昔と比べ、事業場の過半数代表者の選出について厳しくチェックされる時代です。代表者の選出ルールや従業員への通知に関する雛形が載っていますので、労働基準監督署の臨検に備えるためにも重宝するでしょう。

 働き方改革に挑む企業がたくさんあると思います。いかに残業を減らすかが課題となっている企業も多いことでしょう。上司から残業しないように指示をされても、なかなか従えない部下がいるかもしれません。そのとき、「残業禁止命令書(P260)」が参考になるでしょう。

 最近では、マタニティ・ハラスメントという言葉も出てきました。出産に伴い軽易な業務に転換してもらう場合には、どのように説明したらよいのでしょうか。そのとき、「軽易な業務に転換させるにあたっての説明文(P210)」が役立つかもしれません。

 従業員を懲戒処分する場合、弁明の機会を与えるケースが多いと思います。そのとき、「弁明の機会の付与に関する通知書(P173)」が参考になるかもしれません。

 いずれも簡単な書式ではありますが、手元に置いておけば文書作成のヒントになってくれます。実務家の皆さんにお薦めしたいと思います。 

著    者:企業人事労務研究会

出 版 社:日本リーダーズ協会

発 売 日:2016年5月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

労基署は見ている。

 まるで、小説のようです。

 労働基準監督官が何を考えながら臨検を実施しているかが伝わってきます。著者は、元労働基準監督官でありご自身の半生を思い起こしながら語ってくれます。労働基準監督署の組織・人事異動、様々な経営者や書類送検するときの検事の対応、そして、監督官の人となりが描写されています。

 労働基準監督官には、「公務員の仕事の一つとして監督官をしている者」と「監督官というプライドで仕事をしている者」の概ね2種類の人がいるそうです。そして、仕事として割り切っている人が3分の1、プライドを追求する人が3分の1、残り3分の1はどちらにでも転がる可能性のある人で構成されているとのことです。監督官も普通の人間なのですね。私たちは、勝手に監督官像を膨らませているのかもしれません。これは、内部にいた人だからこそ実感をもっていえることでしょう。

 最近は、元労働基準監督官の書いた書籍がたくさん出版されています。臨検の概要や対応ノウハウを求めるならば、どの書籍を手にしてもハズレは少ないと思います。しかし、労働基準監督署の臨検について、感覚的に迫ってくる書籍は、さほど多くはないでしょう。実務で臨検に関わった人事担当者でなくとも、臨検の臨場感を味わうことができる書籍です。臨検を肌で感じたい人には、うってつけの本だといえます。是非、お勧めしたいと思います。 

著    者:原  論

出 版 社:日本経済新聞出版社

発 売 日:2017年3月

カテゴリー:新書(労働法)