能力主義管理 〜その理論と実践

 人事制度を検討している人事担当者にお薦めします。

 「今日においては企業の属する世界が、急速にインターナショナルな拡がりを示しているので、人事管理面において、インターナショナルな場でも十分通用し得る様式を求めていかなければならない。すなわち人事管理国際競争において十分競争力をもつものでなければならない。」 人事管理に関する記述について、この書籍の77ページから引用しました。 

 40年以上前(昭和44年2月25日)に発行された書籍ですので、グローバル化の必要性が今に始まったものではないことがわかります。この書籍は名著として名高く、それゆえ平成13年4月に32年の時を経て復刻されたものです。

 年功制や職能給・職務給など、現在でも議論となるトピックを扱い、能力主義管理の重要性を説いていますが、人事のテーマは昔から大きく変わっていないのかもしれません。人事制度を構築する場合には、様々な局面で悩むことがあると思いますが、昨今のトレンドに惑わされないよう“足元を見つめ直す”のに役立ってくれるのではないでしょうか。

 往年の人事担当者からすれば、日本の人事制度史を思い出すことができるリカレント・ヒッツと言えるかもしれません。

著    者:日経連能力主義管理研究会

出 版 社:日本経団連出版

発 売 日:2001年4月

カテゴリー:実務書(人事管理)

 

 

日本産業社会の「神話」 〜経済自虐史観をただす

 「あなたの誤解が日本を衰退させる!」

 この本の“オビ”に書かれたキャッチコピーです。私たちが当然と思っていること、それは迷信であり、“他国の冷静、的確な状況把握”、“他国と日本を直接比較した研究結果の活用”が重要だと、著者である小池先生は述べています。

 この書籍の論点からすると中心ではないかもしれませんが、人事担当者の立場からすると、次の神話は気になるところでしょう。

 ●日本の人事評価は中心化傾向が強すぎるが、アメリカの人事評価はメリハリが効いている、という神話(p.35)。

 ●日本の賃金は属人給だが、アメリカの賃金は職務給である、という神話(p.96)。

 これらの内容は、著者が述べるように、“証拠がやや足りない”部分もあるのかもしれませんが、それでも十分に説得力を持って語りかけてくれます。日本にはびこる神話を批判的に見つめ直す良い視点を与えてくれる書籍ではないでしょうか。また、平易な文章で書かれており、労働経済学を専門としない人でも気軽に読むことができる本でもあります。

 今まで神話に煩わされてきた人事担当者にとっては、“痛快時代劇?”を見るように、スッキリとする一冊になるかもしれません。

著    者:小池 和男

出 版 社:日本経済新聞出版社

発 売 日:2009年2月

カテゴリー:経営書(労働経済)

 

 

大卒就職の社会学 〜データからみる変化

 “シューカツ”、大変ですよね。

 新卒採用は人事担当者にとって大変な仕事ですが、学生さんからすれば、人生の大勝負。“勝ち組”にならなければいけない、と思っている学生さんも多いのではないでしょうか。

 65歳までの継続雇用が進む中、20歳代の就職は厳しさを増すばかりですが、いつ頃から就職活動は大変になったのでしょうか?また、どういった学生さんが大変なのでしょうか?それとも以前と変化していない部分もあるのでしょうか?この本は、そういった素朴な疑問に対して、様々なデータに基づき解説してくれます。

 学業に専念できる環境整備として、就職活動の解禁日を遅くすることが重要だと、学校や企業から提言されていますが、昨今、この就職協定のタイムスケジュールが変動しています。人事担当者であれば、こういった採用スケジュールで悩むことでしょう。この書籍の中では、就職活動のタイムスケジュールにスポットを当て、学校ブランド群別に分析しているところが面白く分かりやすくなっています。学校のブランド力が内定に関係があるかどうかの一端をうかがい知ることができます。

 採用活動を実施する側の人間として、アカデミックに“シューカツ”を考えたい人事担当者にお薦めしたいと思います。

著    者:苅谷 剛彦/本田 由紀 編

出 版 社:東京大学出版会

発 売 日:2010年3月

カテゴリー:学術書(教育社会学)

 

 

人的資源管理論 【理論と制度】 第3版

 この書籍の169ページ。

 『 「全体から逆算して項目評定の鉛筆を舐める」管理職が28.1%と3割近くもいる 』 、 『 評価制度の「精緻化」によって評価の「精度」を上げられるという「信仰」がある 』  

 どちらも、“あるある”と言いたくなりそうな内容です。

 人的資源管理は、略してHRM(Human Resource Management)と表現されることも多いと思いますが、日本語がアルファベットやカタカナになると“カッコ良さ”がつきまとい、実態と乖離したニュアンスを醸し出すことがあります。著者である八代先生は、“人的資源管理”と“労務管理”や“人事管理”に違いはないというスタンスで本書を書かれており、その点からも人事担当者が正面から向き合うべき内容のオンパレードです。

 大学の学部生のテキストとして執筆されたそうですが、それだけでは”もったいない”。実務を経験した中堅人事担当者が、ご自身の知識を整理するために役立つ書物と言えそうです。

著    者:八代 充史

出 版 社:中央経済社

発 売 日:2019年8月

カテゴリー:学術書(人的資源管理論)

 

 

賃金とは何か―戦後日本の人事・賃金制度史

 「職能資格制度」の生みの親。

 楠田丘と言えば、泣く子も黙る賃金の専門家。齢を重ねても衰えを知らない鉄人です。たくさんの人事担当者が楠田理論を学び、育ったことでしょう。その楠田先生の伝記を通じて、“賃金とは何か”に迫る歴史本とも言える書籍です。

 皆さんは、オーラルヒストリーって、ご存知ですか? オーラル=口述、ヒストリー=歴史で、ヒアリングを通じて政策情報に関する遺産を学問的に後世へ伝えるために、実施されている学術的プロジェクトです。この本は、研究者が専門家にヒアリングをした結果を文章に残し、研究活動に役立てていこうという試みなのです。

 このオーラルヒストリーという手法をもって、第二次世界大戦後の日本の人事・賃金制度がどのように変化していったかを、生き字引である楠田先生の記憶を辿り明らかにしていくことで、手に取るように当時の状況を把握することができます。

 賃金の歴史を学びたい若手人事担当者、または、楠田理論と共にキャリアを重ねた人事担当者が自分の職業人生を振り返るためにも、有意義な書物だと思います。

著    者:楠田 丘

出 版 社:中央経済社

発 売 日:2007年4月

カテゴリー:学術書(オーラルヒストリー)

 

 

Excelで簡単 やさしい人事統計学

 “エクセルって使えますか?

 総ページ数149ページ。その薄さのおかげで、カバンに入れても邪魔になりません。数式があまり出てこない代わりに、エクセルの操作画面の説明が出てきます。要するに、パソコンが使える人なら理解することができます。

 統計というと難しくてあまり仕事に関係のないもの。そう思っている人も多いのではないでしょうか。使わなくても人事の仕事はできますが、使えると仕事がはかどるツールになってくれるかもしれません。

 人事担当者は、研究者が欲しくてもなかなか手に入らない自社の賃金データという良質なデータを持っています。それを活用しないのは、もったいないです。この本は、自社の賃金を分析するために、賃金構造基本統計調査など公表されている統計も紹介してくれますし、決して統計全般を説明するのではなく、ピンポイントで人事担当者が必要になる基本中の基本に限って説明してくれています。

 統計の入門書というよりは、人事担当者のための実務書であり、統計を理解するよりも使えればよいと考える実務家向きの書籍だといえるでしょう。 

著    者:大阪大学大学院国際公共政策研究科人事統計解析センター

出 版 社:日本経団連出版

発 売 日:2006年8月

カテゴリー:実務書(統計学)

 

 

人材を活かす企業  「人材」と「利益」の方程式

 フェファー先生、“なるほど”です。

 「市場から買い入れたもので競争力の維持や大きな成功を実現できない。自社が買えるものは、他社も買えるからである。」 つまり、人材について言えば、人材育成なくして企業は差別化できないし、競争力は伸びないのです。この部分だけでも人材育成の必要性や重要性を痛感させられます。また、賃金制度のあり方を考える場合にも、大変参考になる次の記述が、この書籍の171ページにあります。

 ①賃金は、多くの経営者が思うほど重要ではなく、労働コストを削減しても競争力の獲得にはつながらない

 ②業績給や出来高給は人々の支持が高くても、実際は問題が多く、調査結果によると、マイナスに作用することが多い

 ③給与の査定制度を導入すれば、生産性の問題がすべて解決すると信じるのは、破滅への道である

 アメリカの学者にこのように言われると、日本の成果主義とは何だったのだろうかと改めて思います。これが本当かどうかは、是非、お読みいただき真偽のほどをお確かめください。

 人により考え方は異なっても、参考にはなるはずです。

著    者:ジェフリー・フェファー 著/守島基博 監修/佐藤洋一 訳

出 版 社:翔泳社

発 売 日:2010年10月

カテゴリー:経営書(人材活用)

 

 

仕事の経済学 [第3版]

 労働経済学の重鎮である小池和男先生の名著であり、私たちが持つ数々の“通念”が非常に曖昧なものであることを、圧倒的なデータから教えてくれる書籍です。

 三種の神器と呼ばれた「終身雇用、年功賃金、企業別労働組合」は、日本の本当の姿だったのか?

 欧米と比較して日本は特殊なのか?

 年功賃金が発達した理論的背景とは?

このような様々な疑問に答えてくれます。

 人事担当者となって日が浅い方が読むのも良いですが、人事としてキャリアを重ねた皆さんに読んでいただくと非常に参考になると思われます。この本は、労働経済学の決定版です。読んで損はありません。

著    者:小池 和男

出 版 社:東洋経済新報社

発 売 日:2005年2月

カテゴリー:学術書(労働経済学)

 

 

 

労働法関連

 

↓ 以下をご覧ください。

会社法入門 第三版

 ややこしくなってきました。

 人事担当者からすれば労働法ではないので距離感もありますが、取締役等に関する知識はどうしても必要なので会社法を無視することはできません。委員会等設置会社が出てきた頃(2002年)から、相次ぐ法改正で敷居が高くなったように感じます。

 取締役の任期も複雑です。取締役の任期は2年を原則としながら、非公開会社は定款で10年まで延長可、監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社では1年、監査等委員会設置会社の監査等委員である取締役の任期は2年で定款等でも短縮することはできないそうです。社外取締役という言葉が定着したと思ったら、独立社外取締役も存在します。用語に慣れるのも大変です。このような基本的(?)なことも解説してくれます。また、2015年に「コーポレートガバナンス・コード」が施行されたのは衝撃的だったそうです。上場会社でなければ、あまり関係のない部分かもしれませんが、概略程度は知っておいて損はないでしょう。

 著者は、会社法のベストセラーである「会社法 第26版」も刊行しています。みどり色の“あの本”と言えば、ご存じの方も多いことでしょう。初版は、2001年ですので毎年のように改定版が出されたわけです。480ページもありますので、読破するのはちょっと大変です。いきなりそこまでは・・・、という人のための入門書として本書を位置づけると良いかもしれません。

著    者:神田 秀樹

出 版 社:岩波書店

発 売 日:2023年4月

カテゴリー:新(会社法

3訂版 会社は合同労組・ユニオンとこう闘え!

 会社に労働組合がなくとも、団体交渉はあります。

例えば、解雇された元従業員が「合同労組」に加入し団体交渉を求められる場合です。合同労組は、企業内労働組合とは異なり一定の地域ごとに結成される労働組合のことです。駆け込み寺の一つと言っても良いでしょう。会社が団体交渉に応じなければ、不当労働行為とされ違法になります。その後、訴訟等に発展させないためにも、事前に情報を得ておくことは大切でしょう。

団体交渉をする場合には、貸会議室をレンタルし交渉時間は2時間とすることがお薦めだと書かれています。社内の会議室等で実施すると際限なく長時間の交渉を要求され、相手のペースにはまりかねません。会社はなるべく短時間で終わらせたいと考えるでしょう。しかし、1時間では短いと言われそうです。著者は、弁護士としての経験から2時間あればほとんどの労働組合が納得してくれると書いています。合同労組は、団体交渉の専門家ですので、相手任せにしてはいけません。また、団体交渉の場では、即答を求められるケースもあるでしょう。その時には、「持ち帰って社内で協議したい」と言っても構わないそうです。事前に知識を持っていれば、心にゆとりも生まれ対応しやすくなるでしょう。

この書籍では、時間外労働で遡及期間が問題になった際の「残業代放棄に関する念書」や不利益変更が問題になった際の「就業規則変更同意書」など、いくつかの書式が出てきます。いずれも団体交渉を想定したものですが、労働組合とは関係なく人事の実務で参考になりそうです。

著   者:向井 蘭

出 版 社:日本法令

発 売 日:202410

カテゴリー:実務書(労働法)

職業別 雇用契約書・労働条件通知書 作成・書換のテクニック

 ひな型として参考になります。

 2024年4月1日、改正労働基準法施行規則が施行され、全ての法人が労働条件通知書を改定したことでしょう。この改定に当たって、弁護士の先生方が企業の求人情報を収集・分析して本書を執筆したそうです。

 多くの法人では、厚生労働省のモデル労働条件通知書を用いていると思われます。基本的事項は同じでも、業界や職種の特殊性から、どのように表現すべきか悩むことがあるかもしれません。そんな時、業界別のひな型がたくさん載っている本書がお役に立つでしょう。13業界47職種について記載されています。例えば、医療業界は細かく分けて記載されています。医師、歯科医師、看護師、歯科衛生士、医療事務、薬剤師、臨床検査技師、理学療法士に分かれ、それぞれ正社員と有期雇用社員別に記載されています。基本的には、ひな型ですので多くの部分は共通項目ですが、従事すべき業務の内容や労働時間・休日などの表現方法が参考になります。

 また、ひな型の解説だけでなく基本的な労働法の解説も役に立ちます。労働条件明示義務についてはもちろんのこと、労働契約・就業規則・労働協約の関係が丁寧に説明されています。就業規則の不利益変更をしなければならない時、この3者がどのように関係するか等も解説されていますので参考になります。

 本書は、600ページに近いボリュームですが、労働法の解説で約70ページ、あとはひな型とその解説です。全てを読破するというよりは、該当部分を使用する辞書のような使い方をすれば、すんなり読めてしまうでしょう。労働条件通知書について勉強している人事担当者にとっては重宝する1冊になりそうです。

著   者:浅井 隆、池田 知朗、荒井 徹、林 拓也

出 版 社:日本法令

発 売 日:2024年3月

カテゴリー:実務書(労働法)

ベーシック労働法 第9版

 「どうか「なるほどわかりやすいな」とみんさんがつぶやいてくれますように・・・。」

 これが、著者一同の願いのようです。この書籍には、複雑で難解な労働法をなるべく分かりやすく伝えたいという思いが込められています。

 分かりやすく伝えるために、文章は平易な表現が意識されており、とっつきやすくなっています。また、入門書的な位置付けの書籍ですから深く立ち入ることはしませんが、ちょっと気の利いた記述なども散見されます。例えば、「育児休業制度は、スウェーデンの1974年両親休暇法によって創設され、1970年代後半以降にヨーロッパ諸国に」広がったそうです。単なる法律の解説書ではなく、成立にいたった経緯やその背景にある考え方など、“ひとこと”が加わっています。

 また、年次有給休暇の時季変更権について、「ここでの「事業」は、個人あるいは職場を単位とした業務ではなく、事業場と解されます。」とした解説が参考になりました。会社が時季変更権を行使できるのは「事業の正常な運営を妨げる」場合に限られます。「事業」とは何かについて端的に説明する良い例だと思います。

 この書籍は、執筆者全員が大学教授ですので、やはり学部の学生を意識した教科書のような位置付けなのでしょう。それと、企業で就業規則等を運用しなければならない新任の人事担当者には、うってつけの1冊だと思います。ベーシックな労働法の入門書としてお勧めします。

著   者:浜村 彰、唐津 博、青野 覚、奥田 香子

出 版 社:有斐閣

発 売 日:2023年3月

カテゴリー:一般書(労働法

わかりやすい労働衛生管理 改訂3版

 安衛法(労働安全衛生法)は、わかりにくいと思います。

 労働基準法と条文の数はさほど違いませんが、安衛則(労働安全衛生規則)は600条を超えています。加えて関連規則の多いことがわかりにくさに繋がっているのでしょう。そのため、安衛法を網羅的に解説しようとすると情報量が多すぎるため、内容を浅く止めている書籍が多いように感じます。この書籍は、安衛法の全体像を踏まえながら、適度に深くかつ詳細にはなり過ぎず、適切なボリューム感に留めている点で優れていると思います。

 労働安全衛生管理の分野は変化が激しく法改正もよくあります。従来からの職業性疾病だけでなく、メンタルヘルス、過重労働または産業医に関する対応などは喫緊の課題です。著者は、元労働基準監督官だけあって、この分野に対しても造詣の深さを感じさせます。そして、“かゆいところに手が届く”記述も参考になります。例えば、健康診断の結果と本人同意の関係です。法令の定めがあれば本人の同意なく健康診断の結果を入手することができますが、がん検診等の法定外項目の場合には、原則として本人の同意が必要です。人事担当者が、ふと疑問に思うことについて解説してくれます。

 製造業に携わる安全衛生管理担当者にとっては、ひょっとするともの足りないと感じる部分があるかもしれませんが、オフィス勤務を中心とする会社の人事担当者であれば、問題なく必要以上の情報レベルに達していると感じるでしょう。“わかりやすい”労働安全衛生管理の書籍として、トータルバランスの取れたお勧めの1冊です。

著   者:角森 洋子

出 版 社:経営書院

発 売 日:2024年5月

カテゴリー:実務書(労働安全衛生法)

労働法はフリーランスを守れるか ~これからの雇用社会を考える

 人事には関係ない、と言い切れません。

 業務委託契約は、雇用契約と異なりますので労働者の保護とは無縁のはずです。しかし、会社が個人と契約を結ぶ場合、その線引きには曖昧な部分もあります。例えば、ウーバ-イーツやアマゾンの請負配達員は「プラットフォーム就労者」と呼ばれ、その労働者性について議論されることがあります。先行するEU等の事例も踏まえながら、日本の今後についてそのベースとなる情報を整理してくれるのが本書です。

 著者は、「EUでは、2020年前後にプラットフォーム就労者の労働者性を認める最上級審の判例が相次ぎ」、「この問題は収束に向かいつつあります」と述べています。また、EUに注目するのは、「これまで日本の雇用をめぐる状況は、ヨーロッパの状況を約20年後追いするものであった」のが理由とのことです。

 日本でも、いわゆる「フリーランス新法」が成立しました。新法は、フリーランスに対する育児介護等に対する配慮、セクハラやパワハラ等防止措置、契約解除時の30日前予告などを定めており、労働法に似通った部分があります。著者は、「日本のフリーランス新法は、労働者性を広げるのではなく」、「ごく一部の労働法の規制の適用を認めるという、ささやかな保護」だと書いています。

 新法は、2024年11月までに施行される予定ですが、本書を読むと今後の発展を予感させられます。一方、実態は雇用契約であるにもかかわらず、業務委託契約としているケースでは、当然に労働基準法等が適用されます。いわゆる“労働者性”の問題です。人事担当者としてまずは足元を確認する必要があるかもしれません。

著    者:橋本 陽子

出 版 社:筑摩書房

発 売 日:2024年3月

カテゴリー:新(労働法

社労士のための労働事件 思考の展開図

 弁護士から社労士への助言です。すなわち、人事担当者にも有意義な書籍です。

 論理的な法律の書籍というよりは、さまざまな運用の感覚について理解することができます。そのため、観念的に書かれている部分があり、読み出した直後は買って失敗だったと一瞬思いました(ごめんなさい)。しかし、読み進めていくと、とても有意義な書籍だと実感します。

 例えば、パワハラは○○円位、セクハラは○○円位など、解決金額の目安が載っています。著者の実感に基づくものなので確実ではありません。そもそも裁判などの紛争はケースバイケースであり、相場に言及することは著者にとってリスクがあるはずです。それを書いてくれるのだから参考になります。読者の自己責任という視点で読めば十分に参考になります。

 パワハラがあった場合には、その行為があった時点で直ちに指導書を出しておくことが重要だと書いてあります。口頭では、事後的に指導内容を確認できないからです。最終的に退職勧奨を提示するときの資料にもなりますので、面倒でも形にしておくことが重要だと著者は指摘します。その「業務指導書(例)」もあります。また、「パワハラやセクハラの加害行為の立証という目的であれば、秘密に録音されたものでも一般的に証拠」になるので、スマホなどで秘密録音されているものだと考えた方が良いそうです。

 その他にも「休職に関する確認書」や「退職勧奨の書面」などの事例や使い方の解説もあり、実務に役立つ内容になっています。“運用”という視点において優れた書籍だと思います。 

著    者:島田 直行

出 版 社:日本法令

発 売 日:2023年10月

カテゴリー:労働法(実務書)

 

 

全訂版 労務管理における労働法上のグレーゾーンとその対応

 人事は全てがグレーだと、昔の上司に言われたことがあります。

 “全て”は、言い過ぎだけれども、一理あると思ったものです。この書籍は、人事のグレーな部分に焦点を当てることで、人事担当者の頭の中を整理してくれます。18のテーマが設定されており、中でも「労働時間、名ばかり管理職、不利益変更、退職勧奨、雇止め、同一労働同一賃金、労働者性」などは、グレー中のグレーといえるでしょう。

 例えば、何をもって労働時間とするかは、けっこう難しい問題です。「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と言いますが、どのような状態が「指揮命令下」といえるのかというと、だんだんグレーになっていきます。「黙示の指揮命令下」という言葉もあります。上司が明確に残業を指示していなくとも黙って見過していれば、それは労働時間と認定される可能性が高まるでしょう。これは、可能性が高まるのであってケースバイケースのグレーなのです。

 この書籍に絶対的で明確な基準を求めることには無理があります。グレーな部分を論理的に突き詰めていっても、シロクロがはっきりするとは限りません。しかし、それでは人事担当者の仕事が止まってしまいます。グレーとは言いながら、いろいろなケースについて考えられる可能性を事前に勉強しておけば、実務に応用することができます。グレーゾーンで悩む人事担当者への処方箋のような書籍といえるかもしれません。 

著    者:野口 大

出 版 社:日本法令

発 売 日:2023年3月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

実務詳解 職業安定法

 参考になります。

 著者が指摘するように職業安定法に関する参考書は少ないと思います。労働基準法などと比較すると人事担当者には馴染みが薄い分野かもしれません。しかし、意外に関わっている部分も多く、放っておけない分野だと言えます。

 職業安定法第44条は労働者供給事業を禁止しています。業として労働者を他の会社へ派遣すれば違法になるわけです。この形態に該当するのが出向です。ただし、出向は雇用機会の確保や企業グループ内の人事交流などの目的が明確であれば、業として行っているとはみなされません。本書は、出向の位置付けについて、知識を整理するのにも役立ってくれるでしょう。なお、労働者派遣法も例外に該当します。

 人事担当者であれば採用面接の際にメンタル疾患等の既往症について確認したいと思うことがあるかもしれません。しかし、既往症は要配慮個人情報であるため、聞いても良いのか迷うこともあるでしょう。著者は次のように書いています。「個人情報保護法上、あらかじめ本人の同意を得ることが必要であるが、その取得自体は禁止されていない。なお、本人の同意を得ることとの関係では、「回答したくなければせずともよい」等として、回答するか否かは任意の形で質問するのが妥当と考える。」このような実務的なアドバイスも記述されています。

 また、直接の関係は薄いかもしれませんが、改正職業安定法(2022年10月1日施行)は、インターネット上の求人に関する届け出や許可などの規制を強化しています。少々読みにくい部分もありますが、人事担当者として見識を高めるために有意義な書籍だと思います

著    者:倉重公太朗、白石紘一(編)

出 版 社:弘文堂

発 売 日:2023年7月

カテゴリー:実務書(労働法)

 

 

解雇の金銭解決制度に関する研究

 解雇は、様々な問題を抱えています。

 日本は、解雇の難しい国だといわれますが、実際には“いろいろ”あるようです。違法な解雇が実施され、解決金が支払われずに泣き寝入りする労働者がたくさんいます。一方、会社と労働者の信頼関係が完全に崩壊し復職する意思がなくとも、高額な和解金を手にするためにタテマエとして復職の意思を示す労働者もたくさんいます。もし、解雇の金銭解決制度があれば、このタテマエを省くことで労使ともに時間の浪費をせずに済むかもしれません。様々な状況が存在する中で厚生労働省の審議会では、解雇の金銭解決について議論が繰り返されてきました。法制化の道筋が見えるのかと思いきや、労使双方の反対で消えてしまう。この状況が続いているようにも見えます。

 複雑な状況は、日本特有の問題でもないようです。似ているところとそうでないところなど、それこそ“いろいろ”なようです。それを理解することができるのが、この書籍です。例えば、ドイツでは「勤続年数×月収×0.5」が解雇の金銭解決制度の実務上の目安になっているそうです。ただし、一律ではなく裁判所によって幅もあるようで、一言では表現できない難しい問題です。この書籍の大部分は、日独の比較考察に費やされていますが、仏、英、伊、西、墺、中、台、韓の状況も概説されます。今後、日本の解雇の金銭解決制度を考えるためには、とても有益な書籍といえるでしょう。

 本書は、日本労働法学会の奨励賞や労働問題リサーチセンターの冲永賞を受賞しており、学術的に高い評価を受けています。ただし、読みやすい一般的な書籍とは異なるので、難解な部分があるのは仕方のないことかもしれません。解雇の金銭解決制度は、今後も話題になることが確実視されるテーマですので、一歩先を進みたい熱心な人事担当者にお薦めしたいと思います。

著    者:山本 陽大

出 版 社:労働政策研究・研修機構

発 売 日:2021年12月

カテゴリー:学術書(労働法)

 

 

「元労働基準監督官」がつくる就業規則・諸規程用例集

 監督官が、どのように就業規則を見ているかがわかります。

 就業規則は会社の数だけ存在すると言ってもよいでしょう。厚生労働省の雛形などモデル就業規則はたくさん存在しますが、自社の就業規則は世の中に一つしかありません。一言一句、雛形通りに作成されていることはないものです。労働基準監督官の臨検(立入調査)があれば、自社の就業規則をチェックされることになります。その時、人事担当者は不備を指摘されたらどうしようと心配になるものです。

 就業規則に関する書籍は、山のように出版されています。どれも参考になるとは思いますが、この書籍は、元労働基準監督官たちが執筆したものなのでやや色彩が異なります。いたるところに臨検のエピソードや経験談が盛り込まれており興味深い内容になっています。それらを通して、監督官がどのように就業規則を見ているかが伝わってきます。

 この書籍は、労働基準監督官だったらここに注意して就業規則を作成するというマニュアル本です。監督官の豆知識 もたくさん出てきます。熟練の人事担当者からしても、復習や再発見につながる記述も多数あるでしょう。書籍のサイズが大きくてやや重いので、電車の中で読むのは大変かもしれませんが、臨検に備える1冊としてお薦めしたいと思います。 

著    者:玉泉孝次 ほか著

出 版 社:労働調査会

発 売 日:2022年6月

カテゴリー:実務書(労働法)