経営学で考える

 「単純な「賃金による動機づけ」は科学的根拠のない迷信である。」

 人事担当者であれば、ハーズバーグの動機づけ−衛生理論を知っている人は多いでしょう。改めて著者に言われるまでもありません。でも、知っているのに何故か、賃金制度を重視してしまいます。著者は、次のようにも書いています。「お金には、ある種の強い副作用と常習性がある。〜やがて麻薬中毒者のように、金銭的報酬をもらい続けないと仕事に耐えられないほど、仕事を苦痛なものにしてしまう。」

 では、どうすればよいのか? 著者が再三、言い続けていることですが、「次の仕事で報いる」ことが処方箋のようです。従業員本人にとって興味深い次の仕事を担当させることに喜び=モチベーションを感じてもらい、金銭的報酬はそれに付随して少しずつ増やしていくことが重要なようです。以前の日本企業には、当り前に出来ていた手法ではないでしょうか。

 著者は、一世を風靡した書籍「虚妄の成果主義」で知られる研究者ですが、今一度、その考え方にふれることで、ヒントを得ることができるかもしれません。 

著    者:高橋 伸夫

出 版 社:有斐閣

発 売 日:2015年9月

カテゴリー:学術書(経営学)

 

 

戦後労働史からみた賃金

 著者の言いたいこと。

 けっして賃金の歴史を語りたいわけではなく、「海外で勝ち抜く賃金の方式を提議したい」と言っています。それを説明するために、まずは誤解を解く必要があるようです。それが、戦後労働史を通して日本の賃金を説明する理由です。“日本の賃金”というからには、国際社会の中での位置づけを確認する必要があるでしょう。そのため、アメリカの賃金と比較することで、日本の賃金の実態を示してくれます。日本は「職能給」であり、アメリカは「職務給」であるという根深い誤解を解消しないと議論が始まらないからです。

 日本企業の賃金には、強みがあるそうです。

 その根拠として提示されるのが、著者が昔から唱える「ブルーカラーのホワイトカラー化仮説」です。端的にいえば、技能系職種に事務系職種の賃金を適用したことが技能系職種の能力開発に大きな影響を及ぼし、生産性を向上させ、日本の優位性を形成したということでしょう。

 これらのことに異論を持たれる人事担当者もいるかもしれません。しかし、この書籍を読むことで、今までの“通念”が吹き飛ぶ可能性もあると思います。グローバルと言う前に、自分の足元を確認するためのヒントがここにありそうです。 

著    者:小池和男

出 版 社:東洋経済新報社

発 売 日:2015年9月

カテゴリー:学術書(労働経済)

 

 

Excelでできる統計データ分析の仕方と人事・賃金・評価への活かし方

 自社の賃金分析は、お済みですか?

 賃金制度を担当する人事担当者であれば、賃金の分析をしたいと思うでしょう。その時、賃金の分析を専門家の仕事だと思えば、コンサルタントにお願いするのかもしれません。しかし、著者曰く、この書籍を読むと自分でできるようになるとのことです。

 人事担当者は、普段から人事に関する個人データを扱っています。著者は、そのデータを活用することで、業務に大きく役立つと解説しています。例えば、賃金の分析を実施する場合、全社員の賃金プロット図(散布図)を作成することが多いでしょう。この図に、賃金統計から抽出した折線グラフを重ねると自社の賃金の分布と水準が手に取るようにわかります。難しそうですが、エクセル(表計算ソフト)を使用すれば、簡単に作成可能です。この書籍には、その手順が示されているのです。また、賃金分析には欠かせない「賃金構造基本統計調査」やその他の統計の使い方も教えてくれます。

 この書籍の「はじめに」では、第1に「分かりやすい」、第2に「使える」、第3に「身に付く」という3つの特徴が示されています。著者の言う通り、分かりやすく使える本ですが、身に付くかどうかは、あなた次第です。興味はあるけれど、その一歩が踏み出しにくい人にとっては、“ピッタシ”の一冊ではないでしょうか。 

著    者:深瀬 勝範

出 版 社:日本法令

発 売 日:2014年7月

カテゴリー:実務書(データ分析)

 

 

なぜ日本企業は強みを捨てるのか

 「この本は、企業の役員会への従業員代表の参加を提言する。」、そして「なんとか長期の競争の重要性を強調したい。それが、この本の志である。」

 これは、はしがきの文章です。著者のメッセージだと思います。

 労働経済界の重鎮である著者が、“長期の競争”に着目してきたことは、広く知られるところでしょう。“グローバル化”が合言葉のようにいわれる中、短期的な国際競争に生き残るため“日本企業の強み“を捨てる方向に走っているのではないか?という著者の問題意識が、この書籍につながっているようです。

 一方、上場企業ではガバナンス確保のため社外取締役が注目の的になっています。某経済新聞によると人材不足とのことです。いくら見識の高い人材とはいっても、通常、社外取締役は非常勤です。そうであれば、情報収集について会社の中で仕事をする人に勝ることは難しいかもしれません。そこで、従業員代表の登場となります。例えば、労使協定の締結等のため事業場の過半数を代表する従業員は、社外取締役とは異なり会社から指名されるわけではありません。そして、自分や家族の生活を支えるためには、短期だけでなく長期にわたって会社に繁栄してもらわねばなりません。長期におよぶ経営を監督するという点では、適している存在だと言えるでしょう。また、EUでは従業員代表が参加する会議体(監査役会と訳されます)が、取締役の任命権を持ち、経営を監督してきたそうです。

 世の中の通念に疑問を呈し、戦い続けてきた著者ならではの書籍といえるでしょう。某経済新聞の紙面に踊るキャッチ・フレーズだけでなく、物事の本質に迫りたい人事屋にとっては、あの”小池節”に接するよい機会になるかもしれません

著    者:小池 和男

出 版 社:日本経済新聞出版社

発 売 日:2015年2月

カテゴリー:経営書(労働経済)

 

 

労働時間の経済分析 〜超高齢社会の働き方を展望する

 日本人は、働きすぎなのか?

 「そもそも「働きすぎ」という言葉は感覚的なもの」だと著者は説明します。感覚的なものである以上、実態を確認しなければなりません。そこで、様々な統計分析から解説をしてくれるのが、この書籍のお役目ということになります。本書では、各章の最初で「分析の結果」を端的にまとめています。以下、特に気になった部分です。

 第1章:「分析の結果、1980年代末以降、1人当たりの平均労働時間は趨勢的に減少しているが、その要因はパートタイム雇用者比率の上昇と時短政策に伴う週休二日制の普及である」、「さらに、1990年代後半から2000年代初めには、壮年男性正規雇用者を中心に不況期に労働時間が増加するという特異な現象が観察される」

 第3章:「分析の結果、1990年代から2000年代にかけての日本では、日中に働く人の割合が低下する一方で、深夜や早朝の時間帯に働く人の割合が趨勢的に増加しており、この傾向が特に非正規雇用者に顕著に観察される」

 第6章:「分析の結果、〜欧州に赴任した日本人の労働時間は、現地の同僚の働き方から影響を受け、有意に減少していた」

 第8章:ワーク・ライフ・バランス施策について、「分析の結果、どのような企業でも施策の導入によって生産性が上昇するわけではなく、逆に、中小企業などでは、施策の導入によって生産性が低下してしまうケースがある」

 第10章:「分析の結果、長時間労働、とりわけサービス残業という金銭対価のない労働時間が長くなると、労働者のメンタルヘルスが悪化する危険性が高くなる」

 この書籍は、データから数量的に論証していきますので説得性が高いのですが、統計分析を多用しているため、多少難解です。そうであっても、感覚的に日本人の働き方を捉えていた人事担当者にとっては、多くのことを学ばせてくれるでしょう。「第57回 日経・経済図書文化賞」を受賞していることもあり、日本人の働き方を考えるためには、おさえておくべき書籍といえそうです。 

著    者:山本 勲、黒田 祥子

出 版 社:日本経済新聞出版社

発 売 日:2014年4月

カテゴリー:学術書(労働経済)

 

 

「就活」と日本社会 〜平等幻想を超えて

 「もう、平等という幻想にしがみつくのはやめよう。 〜平等ではないことを受け入れることで、弱者は弱者なりの生存戦略を考えようではないか。」

 この書籍の最後の言葉です。そして、誠実な提案だと思います。

 新卒一括採用は、「1870年代に日本に大学ができ、もともと、学界や官界を目指していた層に、三菱がアプローチし、慶應義塾大学の学生を採用したのが始まり」だそうです。約150年の歴史があることになります。このような歴史もたどりながら、著者は、新卒一括採用のメリットとデメリットを確認し、先行研究をレビューした結果をコンパクトに提供してくれます。新卒一括採用に係わる人事担当者にとっては、とても有意義な参考書になるでしょう。

 また、著者のいう「弱者」には、2人いるようです。

 まず、一人目は一流大学(高偏差値)ではない学校に通う学生です。たくさんの大企業に応募し選抜に漏れるメカニズムを紹介し、平等幻想を捨てた上で弱者としての戦い方を教えてくれます。もう一人の「弱者」は、中小企業のようです。就職ビジネス会社の提案するままに採用活動を展開しても、結局、大企業に近い手法となってしまうので、ロスが大きいと言っているように感じます。

 諸外国には見られない日本の新卒一括採用の存在を、あらためて考えるよいきっかけを与えてくれる書籍だと思います

著    者:常見 陽平

出 版 社:NHK出版

発 売 日:2015年1月

カテゴリー:学術書と実務書の中間(教育社会学)

 

 

検証・学歴の効用

 大学を卒業することに意味はない」 わけがない、

ということが書かれています。

 高校から大学への進学率が高まり「大学全入時代」と言われる中、その学歴の効用が疑問視されてきました。しかし、通念に反する実態を統計や調査から教えてくれています。

 まず、賃金構造基本統計調査を用いて「大卒独り勝ち状態」の存在を解説しています。1975年時点では、「中卒〜高卒〜高専・短大卒〜大卒」の各学歴間の賃金格差はほぼ等間隔であったものが、2010年時点では、「高専・短大卒〜大卒」間に大差が開いており、大学卒という学歴の効用が際立って高いことを教えてくれます。

 また、ちょっと変わったところでは、女性にとっての経済的効用という視点で、「正規社員・非正規社員・結婚」という3つの領域において高等教育の効用を分析しています。これによると、専修学校卒は非正規労働者として働いた場合の効用が大きく、短大卒では結婚に関する効用が大きいそうです。そして、「大学は、女子にとってどのような選択をしようとも経済面での有利さをもたらしてくれる「オールマイティー」な教育機会」を与えてくれるようです。

 この書籍では、重回帰分析を用いて分析する場面が登場するので、多少馴染みにくいところがあるかもしれませんが、イメージだけで捉えていた「学歴の効用」について、“気づき”を与えてくれるでしょう。労働政策研究・研修機構の「労働関係図書優秀賞」も受賞しており、採用担当者にとってマークすべき書籍といえるかもしれません。

著    者:濱中 淳子

出 版 社:勁草書房

発 売 日:2013年6月

カテゴリー:学術書(教育社会学)

 

 

アメリカ自動車産業 〜競争力復活をもたらした現場改革

 「アメリカの自動車産業では、〜「職務給」の徹底により、能力主義の導入ができないことがやはり職場改革の障害となっているのである。」(P197)

 これは、ブルーカラーのお話です。日本は“査定つき定期昇給”という能力主義、アメリカは先任権という年功序列になっていることが書かれています。このことは、知っている人は当然に知っている、知らない人は意外に知らない事実です。

 この書籍を読んでいると「現代日本の報酬制度の最大の特徴は、ブルーカラーのホワイトカラー化」だと、労働経済学の重鎮である小池和男先生が、著書である『仕事の経済学』で述べていたことを思い出します。「ブルーカラーのホワイトカラー化」とは、本来であればホワイトカラーに適用すべき“査定つき定期昇給”という能力主義を、ブルーカラーに対しても日本が実施してきたことを指しています。反対にいうと、欧米では職務給であるが故にその“査定つき定期昇給”がブルーカラーにはあまり適用されてこなかったということです。

 著者は、このような歴史的経緯も踏まえながら、アメリカの自動車産業の代表であったビッグ3の最近の状況を交えてわかりやすく解説してくれています。数値の上では、GMの完全復活が脚光を浴びているようですが、製造現場では試行錯誤を繰り返しており、日本の自動車産業に追いつけない様子も描かれています。

 自動車産業を通して、日米の仕事に対する考え方の違いも理解できとても勉強になります。自動車産業に関係する人事担当者にとっては、外せない一冊といえるかもしれません。

著    者:篠原 健一

出 版 社:中央公論新社

発 売 日:2014年7月

カテゴリー:新書(労働経済)

 

 

日本の雇用と中高年

 前回は“若者”、今回は“中高年”です。

 これで新書も4冊目になりました。著者である濱口桂一郎先生は、執筆や講演活動に止まらず、テレビやラジオにまで頻繁に登場しています。その主張は一貫しており、そろそろ飽きてきた人がいるかもしれないと心配になるほどハイペースで続く情報発信力に脱帽です。今回も欧米と対比することで、日本の特色を分かりやすく解説してくれています。

 最終章である第5章には、次の見出しが続いています。

 「「ジョブ型正社員」とは実は中高年救済策である」

 「途中からノンエリートという第三の道」

 「継続雇用の矛盾を解消するジョブ型正社員」

 この見出しからお分かりいただける通り、キーワードは前作に続き「ジョブ型正社員」です。前作の『若者と労働』で、“若者”の雇用問題を解決する処方箋とされた「ジョブ型正社員」は、“中高年”の雇用問題を解決する処方箋にもなるそうです。この「ジョブ型正社員」は、労働契約法に基づく“無期転換社員”や、高年齢者雇用安定法に基づく“継続雇用”に対する考え方としても大変参考になるでしょう。

 これからの制度を考えなければならない人事担当者にお薦めしたいと思います

著    者:濱口桂一郎

出 版 社:筑摩書房

発 売 日:2014年5月

カテゴリー:新書(雇用システム)

 

 

雇用再生 〜持続可能な働き方を考える

 労働経済でここまでわかりやすいのは、珍しいと思います。

 著者は高名な労働経済学者であり、この書籍は当然に労働経済学をベースに書かれています。でも、私たちが使っている普通の日本語を用いて、どうしてこんなに簡単になめらかに説明することができるのか不思議です。例えば、雇用の流動性や解雇規制について、この書籍の104ページには次の記述があります。

 「わざわざ解雇制限の緩和などをしなくても、衰退産業や衰退企業に見切りをつける人は当然のことながら、粛々と転職しているのである。流動性が低いのは解雇規制が厳しいからではなく、行く先によりよい労働条件の企業がないからというほうがむしろ正しいと考えるべきだろう。」

 言われてみればその通りです。ですが、有識者と言われる人たちがテレビに出演して、日本の問題は雇用の流動性が低いことであり、解雇規制が厳しいことにある、と私たちはよく聞かされています。日本の雇用問題は何なのか、この書籍を通じて問題の本質に気づかされるかもしれません。

 何か、スッキリする本なのです。人事担当者であれば、外せない一冊になるかもしれません

著    者:清家 篤

出 版 社:NHK出版

発 売 日:2013年11月

カテゴリー:新書と学術書の中間(労働経済)

 

 

仕事と組織の寓話集 〜フクロウの智恵

 これは、まさしく“人事の本”です。

 まず、寓話を通して人事を語ること自体が、かなり変わっていると言えるでしょう。そして、この書籍からにじみ出る博識ぶりに驚かされるのは筆者だけではないはずです。この中には、「毛虫、カエル、フクロウ」などの動物や「シーザー、ベートーベン、アガメムノン、首狩り族」まで登場します。皮肉たっぷりに書いてあるので、読み終えた後、“ニヤッ”とすることになるでしょう。本当のことがたくさん書いてあるからかもしれません。

 「口でも稼げる学者は少ないのです。」

 冗談も入っているとは思いますが、労働経済学の重鎮である小池和男先生が、著者である川喜多先生を評して、かつて、そうおっしゃったのを覚えています。その軽快な語り口が、“そのまま本になったような感じ”の書籍です。不真面目なようで、そうではない。学術書でも実務書でもない。川喜多先生だからこそ書ける不思議な世界が、ここにあります。

 変わった本ではありますが、人事担当者にとって“そうかもしれない”と納得させられる書籍になる可能性は高いと思います。

著    者:川喜多 喬

出 版 社:キューズ新翠舎出版

発 売 日:2013年10月

カテゴリー:分かりません

 

 

わかりやすい労働統計の見方・使い方

 労働統計って、使いますか?

 今は昔と違って、様々な統計がパソコンにダウンロードできるようになりました。居ながらにして無料で使える膨大なデータがありながら使わないのはもったいないです。しかし、統計を使うためには予備知識が必要です。その予備知識を身に着けるため、平易に書かれたものが本書です。労働統計にもたくさんありますが、知りたいことが調査されているのか、されているとしてどの統計に当たったら良いのか、この書籍には、そういうことが載っています。

 最近では、実務書でもマンガによる解説本がたくさん出ています。そこまで、くだけた体裁ではありませんが、大学教員の“おじさん”と、OLの“さおり”が登場し、会話形式で解説してくれますので、統計の本という雰囲気はあまり感じません。また、自社の賃金を分析するための賃金プロット図の作り方まで載っていますので、実務に大変役立つでしょう。

 統計は好きではないが、半分興味を感じる。そんな人事担当者にお薦めします。

著    者:古田 裕繁

出 版 社:経営書院

発 売 日:2010年10月

カテゴリー:実務書(統計)

 

 

日本労使関係史 1853-2010

熟練の人事担当者にお薦めします。

 この書籍は、1853年(ペリー来航の年)から2010年(現代)までの労使関係について書かれたものです。労使関係の歴史書だからといって、今の人事の仕事とは関係がない、ということではなさそうです。この中には、人事担当者が知っておくべき“日本の雇用システム”の成り立ちが登場します。

 例えば、“年功賃金”や“終身雇用”は、最初から存在したものではなく、日本が近代化する過程で根付いたものであること、生産労働者が人間として平等に扱われたいと望み、企業の“メンバーシップ”を獲得しようとしたこと、などが詳細に書かれています。また、“メンバーシップ型社員”という言葉の生みの親である濱口桂一郎先生の著作 『若者と労働』の中で、その言葉の出所だと名指しされている書籍でもあります。

 内容が濃く読破するのに少々根気が必要かもしれませんが、人事の仕事について研鑽を重ねてきた方であれば、ご自身の知識を整理するために非常に役立つ書物といえるでしょう。

著    者:アンドルー・ゴードン 著/二村一夫 訳

出 版 社:岩波書店

発 売 日:2012年8月

カテゴリー:学術書(労使関係史)

 

 

若者と労働 〜「入社」の仕組みから解きほぐす

 「感情論を捨て、ここから議論を始めよう。」 表紙をめくると出てくる文章です。

 著者である“hamachan先生”こと濱口先生は、『日本の雇用と労働法』の中で、メンバーシップ型とジョブ型を対比して日本の雇用システムを解説してくれましたが、今回は若年者雇用を切り口として、議論の前提を整理してくれています。

 メンバーシップ型雇用のルーツとして、まずは田中 博秀先生の『現代雇用論』から、「日本の企業の人事担当者は、(中略)〜理解していない」と引用し、専門家である人事の中にも昔から多くの誤解が存在することを示唆しています。人事担当者であれば、聞き捨てならない言葉でしょう。この書籍の中で解説される“社員、入社、職業紹介”など、普段何気なく使っている言葉を深く考えていくと誤解の元にたどり着く、ということかもしれません。

 全ての働く人にとって“バラ色”であるかは別の問題でしょうが、この書籍で結論として主張される「「ジョブ型正社員」という第三の雇用類型を確立していくこと」は、多くの問題を解決することになり、現状を改革する有力な処方箋だということに異論をはさめる人は少ないのではないでしょうか。

 おそらく到来するであろう3つの雇用形態(メンバーシップ型正社員、ジョブ型正社員、有期雇用社員)をどのように活かしていくのかが、これからの人事担当者の課題となるのかもしれません。この課題を表層的な議論で終わらせないよう現状を正確に認識し考えるために有益な書物といえるでしょう。

著    者:濱口 桂一郎

出 版 社:中央公論新社

発 売 日:2013年8月

カテゴリー:新書(雇用システム)

 

 

組織デザイン

 組織図、間違っていませんか?

 部署の名称はいろいろでしょうがチェック&バランスの観点から、人事部は社員の配置、経営企画室は組織の立案、という業務分掌をお持ちの会社もたくさんあるのではないでしょうか。この分担からすると人事の直轄業務ではないかもしれませんが、人事異動をつかさどる部署としては、“組織図”に関する見識は必須のものといえるでしょう。

 この書籍は、まず「組織と呼ばれるものの特徴は、基本的に分業と調整の2つである。」とし、分業とは、「垂直分業、水平分業、機能別分業、並行分業、である。」というように、そもそも組織とは“何か”の知識を与えてくれます。また、組織形態の類型について、機能別組織、事業部別組織、マトリックス組織の3大形態として整理し、その特徴から、組織をどのようにデザインすれば良いかも理解させてくれます。

 組織構造を学ぶ基本書として広くお薦めできる1冊だと思われます。

著    者:沼上  幹

出 版 社:日本経済新聞社

発 売 日:2004年6月

カテゴリー:新書(組織論)

 

 

現代雇用論

 “メンバーシップ型” 雇用契約のルーツが、ここにあります。

 日本型雇用システムの本質は、“職務の限定のない企業のメンバーになるための雇用契約”にあると解説する“hamachan先生”こと濱口桂一郎先生が、“限定正社員”などの議論において注目の的になっています。濱口先生は “メンバーシップ型” と “ジョブ型” という言葉を用いて日本型雇用システムを分かりやすく解説してくれますが、その考え方自体はこの書籍の中にあり、自分のオリジナルではないと公言されています。

 タイトルである「現代雇用論」は、30年以上前の“現代”ですが、「労働力人口の高齢化」や「第3次産業の拡大による非正規雇用」にフォーカスしており、30年後の未来人である私たちから見れば、ある意味、予言書を読んでいるようなものかもしれません。

 今後、展開されるであろう “限定正社員” を含めた社員区分を考えていかなければならない人事担当者にとっては、足元を固めてくれる1冊と言えそうです。

著    者:田中 博秀

出 版 社:日本労働協会

発 売 日:1980年6月

カテゴリー:学術書(労働経済学)

 

 

もの造りの技能 〜自動車産業の職場で

 “スキル・マップ”は、導入済みですか?

 製造業であれば、“ピン”とくるこの言葉でも、その他の産業ではあまり馴染みがないかもしれません。スキル・マップとは“仕事表”とも呼ばれますが、社員の技能を開発するためのツールといって良いのではないでしょうか。この書籍の中に登場するスキル・マップは、自動車産業の職場で活用されているものですが、縦軸に社員の氏名、横軸に製造工程をとったマトリックスの中に、社員それぞれの技能レベルを記してあります。(もちろんサンプルですが)

 こういった資料は、なかなか社外には公表されないことが普通でしょうから、これからスキル・マップを作ろうと思う企業にとっては、大変貴重な資料といえるでしょう。また、技能職の等級格付けに使用できる記述もあり、人事制度を改定する場合にも有力な手がかりを提供してくれます。

 製造業でなくとも大変参考になる書籍ですが、もし、御社が製造業に関連した産業であれば、読み過ごすことのできない貴重な書籍となるでしょう。

著    者:小池 和男、中馬 宏之、 太田 聡一

出 版 社:東洋経済新報社

発 売 日:2001年1月

カテゴリー:学術書(労働経済)

 

 

能力主義管理 〜その理論と実践

 人事制度を検討している人事担当者にお薦めします。

 「今日においては企業の属する世界が、急速にインターナショナルな拡がりを示しているので、人事管理面において、インターナショナルな場でも十分通用し得る様式を求めていかなければならない。すなわち人事管理国際競争において十分競争力をもつものでなければならない。」 人事管理に関する記述について、この書籍の77ページから引用しました。 

 40年以上前(昭和44年2月25日)に発行された書籍ですので、グローバル化の必要性が今に始まったものではないことがわかります。この書籍は名著として名高く、それゆえ平成13年4月に32年の時を経て復刻されたものです。

 年功制や職能給・職務給など、現在でも議論となるトピックを扱い、能力主義管理の重要性を説いていますが、人事のテーマは昔から大きく変わっていないのかもしれません。人事制度を構築する場合には、様々な局面で悩むことがあると思いますが、昨今のトレンドに惑わされないよう“足元を見つめ直す”のに役立ってくれるのではないでしょうか。

 往年の人事担当者からすれば、日本の人事制度史を思い出すことができるリカレント・ヒッツと言えるかもしれません。

著    者:日経連能力主義管理研究会

出 版 社:日本経団連出版

発 売 日:2001年4月

カテゴリー:実務書(人事管理)

 

 

日本産業社会の「神話」 〜経済自虐史観をただす

 「あなたの誤解が日本を衰退させる!」

 この本の“オビ”に書かれたキャッチコピーです。私たちが当然と思っていること、それは迷信であり、“他国の冷静、的確な状況把握”、“他国と日本を直接比較した研究結果の活用”が重要だと、著者である小池先生は述べています。

 この書籍の論点からすると中心ではないかもしれませんが、人事担当者の立場からすると、次の神話は気になるところでしょう。

 ●日本の人事評価は中心化傾向が強すぎるが、アメリカの人事評価はメリハリが効いている、という神話(p.35)。

 ●日本の賃金は属人給だが、アメリカの賃金は職務給である、という神話(p.96)。

 これらの内容は、著者が述べるように、“証拠がやや足りない”部分もあるのかもしれませんが、それでも十分に説得力を持って語りかけてくれます。日本にはびこる神話を批判的に見つめ直す良い視点を与えてくれる書籍ではないでしょうか。また、平易な文章で書かれており、労働経済学を専門としない人でも気軽に読むことができる本でもあります。

 今まで神話に煩わされてきた人事担当者にとっては、“痛快時代劇?”を見るように、スッキリとする一冊になるかもしれません。

著    者:小池 和男

出 版 社:日本経済新聞出版社

発 売 日:2009年2月

カテゴリー:経営書(労働経済)

 

 

大卒就職の社会学 〜データからみる変化

 “シューカツ”、大変ですよね。

 新卒採用は人事担当者にとって大変な仕事ですが、学生さんからすれば、人生の大勝負。“勝ち組”にならなければいけない、と思っている学生さんも多いのではないでしょうか。

 65歳までの継続雇用が進む中、20歳代の就職は厳しさを増すばかりですが、いつ頃から就職活動は大変になったのでしょうか?また、どういった学生さんが大変なのでしょうか?それとも以前と変化していない部分もあるのでしょうか?この本は、そういった素朴な疑問に対して、様々なデータに基づき解説してくれます。

 学業に専念できる環境整備として、就職活動の解禁日を遅くすることが重要だと、学校や企業から提言されていますが、昨今、この就職協定のタイムスケジュールが変動しています。人事担当者であれば、こういった採用スケジュールで悩むことでしょう。この書籍の中では、就職活動のタイムスケジュールにスポットを当て、学校ブランド群別に分析しているところが面白く分かりやすくなっています。学校のブランド力が内定に関係があるかどうかの一端をうかがい知ることができます。

 採用活動を実施する側の人間として、アカデミックに“シューカツ”を考えたい人事担当者にお薦めしたいと思います。

著    者:苅谷 剛彦/本田 由紀 編

出 版 社:東京大学出版会

発 売 日:2010年3月

カテゴリー:学術書(教育社会学)